秘密は疑心暗鬼を生ず
マジか、忠弥。
お前のトラウマって、俺だったの?
いじめられていたことじゃなくて?
目の前で何度も俺がバスケ部の先輩をボッコボコにするシーンが再生される。
よほど強烈だったのだろう。俺も客観的に観て「ひどいな」と思う。
俺は申し訳なさとショックで、夜井さんの肩でぐったりした。
「パンダくん……あなた……」
猫田さんもドン引きしている。
「いや、今はあんな無茶しないよ。俺も成長したんだ。今観た映像はそう、若気の至りっていうか」
俺は忠弥がバスケ部でひどい目に遭っていることを知らなかった。
なんか元気ないな、と思ってはいたが、深く気にしていなかったのだ。そんなときにバスケ部の先輩たちの悪行を目の当たりにし、響子ちゃんにも手を出そうという計画を聞いた。
俺の視界は怒りで、真っ赤に染まった。何も気づけなかった自分と相手への怒りが二乗にかけ合わさって爆発したのだ。
さすがにやりすぎたとは思っている。
うん。言い訳だけど、反省はしているんだ、これでも。
忠弥の知らないところで他にも二、三回こういう事件を起こしているけど、今はもう足を洗っている。
「イヤぁあ、生徒怖い! 若い子の考えてることには付いていけません!」
取り乱したのは夜井さんだった。
こちらも教師時代のトラウマを思い出してしまったのか。
肩に乗っている俺と猫田さんに構わず、夜井さんは体を振って暴れる。
「ちょっと、誠一くん、危ないっ」
「上映中は静かにしなきゃいけないんじゃ」
俺たちの言葉にはっとして、夜井さんはひざから崩れ落ちる。
そのとき、手に持っていた燭台が床に落ちた。
ロウソクの炎が一瞬強く光り、弾けた。
「え?」
ロウソクの火はその場で燃え広がることなく、一部が飛んでいった。忠弥の夢の扉の隙間をすり抜け、外へ。
「ま、まずいわ! 鬼火が逃げた!」
猫田さんに頬を引っかかれ、夜井さんは我に返る。ロウソクにはまだ火が残っており、それを手にして慌てて飛んでいった炎を追って扉の外へ出る。
ロウソクの火が周囲を照らす。よろりのホームは先ほどと変わらなかった。火はどこにもない。
猫田さんが呆然と呟く。
「最悪……」
「どうかしたの? あの炎は何?」
俺の問いに猫田さんは一瞬言葉に詰まったが、すぐに平静を取り戻して前足でひげを弄ぶ。
「何でもないわ。これは私とよろり先生の問題。パンダくんは気にしなくていいの」
「え、本当?」
「本当よ。私、嘘つかないもの」
いや、これはさすがに怪しい。
夜井さんの顔面が蒼白になっていることからも、事の重大さは伺えた。
「猫田さん、正直に――」
「あー! それより、ネズミくんの過去については分かったわ。うん。これはひどいトラウマね。同情する。私、これからよろり先生と謝罪について検討するから」
「え、うん。でも」
「パンダくんは、ひとまず帰って。自分の夢に」
猫田さんの言葉と同時に、指を鳴らす音が聞こえた。
俺の意識は急速にその場から遠ざかる。よろりのホームから追い出された、と気づいた頃にはまどろむ夢の世界に旅立っていた。
翌日。
釈然としないものはある。が、先に当初の目的を果たそう。
放課後、忠弥を教室に引き止める。彼は朝からずっと顔色が悪かった。「すげー怖い夢」を見たらしい。 本当に悪かったな、心の友よ。
猫田さんがおずおずと切り出す。
「昨日は言いすぎたわ。ごめんなさい」
忠弥は目を丸くした。が、俺や響子ちゃん、小熊さんの顔を順番に見て、ため息を吐く。
「……お、オレも悪かった。女相手に怒鳴ったりして」
緊迫していた空気が緩み、その場に安堵のため息が流れる。
「仲直りできてよかったねー」
「忠弥は大人になった……」
ほのぼのしている小熊さんと響子ちゃんから見えない位置に忠弥を連れ出し、俺は躊躇いがちに尋ねた。
「忠弥さ、俺のこと本気で怖い?」
「はぁ!? きゅ、きゅきゅ急になんだよ?」
その動揺は語らずに落ちてるよ、忠弥。
「いや、その、昔いろいろあったじゃん。今思い出すと、俺、相当やらかしたし……」
忠弥は困ったように唸った。
「そりゃ、マジギレしたお前は怖ぇよ。てかヤベー。人間か疑うレベルだぜ」
「う」
「でも、あのときお前が手を出さなかったら、オレが飛び出してボロボロになってただろうな。だから……お前には感謝してなくもない」
忠弥は照れたようにそっぽを向く。
「あー、でも、今後はあんまり厄介ごとに首突っ込むなよ。いつも都合よく幸運に助けられるとは限らねぇんだから」
「うん……肝に銘じるよ。ありがとう」
なんか悪魔と魔女に目をつけられて、夢の中に行ったりしているけど、これからは気をつけるとしよう。
俺たちは五人で図書室に向かった。今日もテスト勉強だ。
そうだ、と俺は猫田さんにこっそり話しかける。
「結局、昨日のあのロウソクの火はなんだったの?」
「パンダくんには関係ないことだって言ったでしょ? 詮索しないで」
涼しい顔で猫田さんは答える。
「分かったよ。じゃあその代わり、俺の昔のこと誰にも言わないでね。よろり先生にも口止めしてくれないかな」
「……ふふ、もちろんよ。昨日の夜のことは、二人だけの秘密よ」
色っぽい発言に俺は思わず赤面する。
「う……信じてるからね、猫田さん」
猫田さんだって鬼じゃない。
忠弥にちゃんと謝ってくれたことからもそれは分かる。
とりあえず期末テストをみんなで乗り切ろう。
楽しい夏休みがもう目前に迫っている。
ストックを消費したので今後更新速度が遅くなります
すみません




