ネズミは語る
忠弥視点です。
※陰湿でやや暴力的なシーンが含まれます。苦手な方はご注意ください。
オレはガキの頃から生意気で口が悪かった。
歳の離れた姉がいるせいか、はたまた幼なじみの女が意味不明でツッコミ体質になってしまったせいか、背が低いことで散々からかわれたせいか。
親しい友達は二人しかいない。
よく見捨てられなかったな、と今思うと不思議なくらい、オレは二人にも容赦ない言葉を浴びせていた。
とにかく反抗的なガキだった。それは認める。反省もしている。
小学四年生からオレはバスケを始めた。
チビには不利なスポーツだ。それが逆にオレの心に火をつけた。
昔から運動神経だけは良かった。それを下地に努力を重ね、六年生になる頃には水の中の魚みたいにすいすいドリブルを決めて、自分より背の高い奴らから点を奪えるようになった。
それは痛快だった。
中学に進学しても、部活は当然バスケを選んだ。
部員は二十人ちょっと。成長期になっても伸び悩んでいたオレとは違い、周りは背の高い奴らばかり。先輩の中には百八十センチなんていう人もいて、思わずアホみたいに口を開けて見上げてしまった。
正直妬ましい。
だけど、オレは負けないぜ。身長を言い訳にするのは大嫌いだ。
先輩相手に物怖じせずに練習に食らいついた。ひたすらスピードとテクニックを磨き、プロの試合を参考にして試合運びも勉強した。
オレは先輩たちの何倍も練習した。
ミニゲームでも負けたくなくて、いつも本気でプレイした。
当時のオレにはよく分からなかったが、それが先輩たちの反感を買った。
そのバスケ部は一応地区大会優勝を目標していたが、実質楽しくバスケをしようという仲良しクラブでしかなかった。
上手くなろう、年功序列を無視してレギュラーになろう、なんて考えは嫌われて当然だったのだ。
空気読めよって感じだったのだろう。
先輩たちも焦っていた。チビのオレにレギュラーを獲られたら、顔が潰される。
最初は小さな嫌がらせだった。
それが徐々に無視できないレベルになり、オレは完全に部内で浮いていた。
その時点で態度を改めれば良かったのかもしれない。
だけど、負けん気の強いオレは屈しなかった。
上手くなろうとして何が悪い。
先輩たちと衝突を繰り返しながら、歯を食いしばって練習を続けた。
そして、あの事件が起こった。
中学一年生の秋。
代替わりして初めての練習試合でオレはレギュラーに選ばれた。
顧問の先生が何を考えていたのかはよく分からない。
今まで順当に二年生からスタメンを選んでいたくせに、急にオレを起用するなんてあり得ないことだった。
後で知ったことだが、夏の大会で顔を合わせた他校の教師から、オレを起用するように勧められたらしい。
何にせよ、オレは試合に出られるのが嬉しかった。素直に喜んでいた。
しかし試合前、ちょっと目を離したすきにオレのバッシュがなくなった。
理由はすぐに察した。
必死に体育館の周りを探していると、幼なじみに声をかけられた。野球部だったそいつは球拾いをしていた。
「忠弥、何してるの?」
「……別に、何でもねぇよ」
バスケ部でのごたごたについては話していなかった。
いらん心配をかけるだけだし、こいつに話して解決する問題でもない。
大体、いじめられているなんて恥ずかしくて言えない。絶対に知られたくなかった。
しかし偶然、その場面に出くわしてしまった。
体育倉庫の裏で、先輩たちがオレのバッシュをカッターやらハサミやらでズタズタにしているところだ。
オレと幼なじみはその場で凍り付いて動けなくなる。
さすがのオレも顔から血の気が引いた。
怒りよりも悲しみの方が大きい。
おふくろや姉貴がカンパして買ってくれたバッシュだったから、いろいろな想いが頭を巡ってどうすればいいのか分からなかった。
先輩たちは笑いながらオレの悪口を言って、どうやって部から追い出すか話し、終いにはこんなことを言い出した。
「あいつと仲の良い女いるじゃん。結構かわいい子なんだよ。呼び出して脅して――」
そのとき、ついにキレた。
オレじゃない。
オレの幼なじみの一人、伴田茶竹が。
そこから先の光景は、一生オレの記憶から消えないだろう。
血祭りだった。
虐殺、蹂躙、圧倒的暴力……。
伴田茶竹による一方的な血祭り事件。
あれだな。普段おとなしくて無害な奴ほど怒らせると怖い。
六人ほどいた先輩は茶竹にボコボコにされた。
何が怖かったって、先輩たちの反撃が茶竹に当たらなかったことだ。
足がもつれて転んだり、茶竹が避けたところに別の先輩の顔があったり、不運や自滅が相次ぎ、やがてその場に立っているのは茶竹だけになった。
オレ? とっくの昔に腰を抜かしてその場に座り込んでいた。
「ゆ、許してくれ……俺たちが悪かった」
「本当に? 本当にそう思っていますか?」
「あ、ああ、思ってます。もう二度としません……っ!」
地に伏した先輩の一人がそう言ったところで、茶竹はようやく拳を下ろした。
「じゃあ、赦します」
茶竹は清々しい顔で笑った。その頬には赤いものがべっとりとついているが、茶竹自身は無傷だった。
知らなかった。
十年以上つるんでいた幼なじみがこんなに強く凶暴で、神がかった奴だったなんて。
先輩たちが刃物を持っていたことや自分たちの非を全面的に認めたことで、茶竹はほとんど罪に問われず、停学にすらならなかった。
これもなんか怖い。目に見えない力が茶竹を守っているようで不気味だった。
オレのバスケ部内での地位も回復した。試合にも普通に出られるし、バッシュも弁償してもらった。
だけどオレはそれ以来、生意気な態度を改めることにした。
多少理不尽な目に遭っても、長いものに巻かれよう。柔軟さを身に着けよう。
親友を犯罪者にしてしまうよりマシだ。
茶竹を怒らせるようなことは、二度とあってはならない。
オレはもう一人の幼なじみ、鶯原響子にこのことを相談し、警告した。
返ってきた答えは一言。
「さったんは、サタン……」
オレは震え上がった。
これがオレ、井上忠弥のトラウマだ。




