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ドッジボールは嵐

「何だよそれ」

「ふざけんな」

「絶対許せない。むしろ許すな!」


 泣きじゃくる小熊さんを連れて帰還した俺は、クラスメイトから無数の非難の視線を受け、先ほど聞いた教師の噂話を洗いざらい白状した。


 いつも明るく陽気な小熊さんの涙を見て、燃えない奴はいなかった。

 アニマルクラスはかつてない団結を見せたのである。


 午後一番、クラス全員参加のドッジボールトーナメントが始まった。他の競技は一時中断し、全校生徒がグラウンドに集まる。


「おお、どうしたお前たち。真っ赤だな」


 ごおごおと燃える俺たちを見て、さすがのよろりもたじろいだ。事情を知るや否や、全ての諸悪の根源であるにもかかわらず、「うむ。それは許しておけぬな。いっちょ蹴散らしてこい」と対戦相手を不躾に指差した。


 俺はみんなと同じ気持ちだった。絶対に許せない。

 しかし戦いに臨む前に一か所釘を差し置かねばならなかった。

 どこか白けた様子でクラスの盛り上がりを見ていた猫田さんに近づく。


「猫田さん、あの……」

「何よ」


 ぎろりと鋭い目に俺は後ずさりたくなったが、クラスのムードに後押しされて勇ましく足を踏み出した。


「お願いだ。面白半分に手を出したりしないでほしい」

「はぁ? 何を言っているのかしら?」

「だから、いくらこの状況が面白いからってよろりを使って変なことをしないでねってことだよ」


 俺の言葉に彼女はそっぽを向いた。


「しないわ。別に面白くもなんともないし」

「そう。なら良かった」


 てっきり敵の不正にかこつけて、悪魔的能力で復讐でも企てているのかと思った。

 どうやら今日の猫田さんは若干不機嫌らしい。あのラブレターの一件から忠弥だけではなく俺に対する態度も険しくなっていたが、今日ほど露骨ではなかった。


「もしかして、本当に体調悪いの?」

「聞き捨てならないわね。仮病だと思っていたの?」

「いや、ごめん、少しだけ……大丈夫?」


 素直に謝ると猫田さんはさらに目を吊り上げた。

 しかしため息とともに寂しそうに彼女は笑った。あまりにも彼女には不似合いな表情だ。俺は見間違いではないだろうかと何度も目をこする。


「猫田さん?」


 彼女は大げさに深呼吸をすると、一瞬でその世にも珍しい表情を消し去った。魔法のように鮮やかだ。


「ねえ、応援してあげるからとりあえず勝ってきてくれる? 負けっぱなしじゃ私の気が晴れないの」

 

 男子バスケは勝ち上がっているよ、という言葉は呑み込んだ。おそらく忠弥の存在は無視する方向なのだろう。


「うん。見てて。我らのクラス委員長に必ず勝利をプレゼントするよ」


 俺は力強く頷いた。負ける気なんてさらさらない。

 猫田さんの応援の下、真っ赤な弱肉強食Tシャツに身を包んだアニマルクラスは驚くほど強かった。

 初戦からラグビー部やハンドボール部の多いクラスと当たり、教師たちの陰謀を目の当たりにした面々は狩人も裸足で逃げ出すような獰猛っぷりを発揮した。


 みんな冷静ではなかった。

 意地と誇りをかけて、負けられない。

 今まで散々よろりのせいで苦しみ、周りからの厳しい視線に俯いてきた。しかし今日ここでアニマルクラスは生まれ変わるのだ。


 俺たちの気迫に対戦相手のクラスはすっかり飲まれてしまった。

 二回戦、三回戦と勝ち上がり、なんと決勝にまで進出した。破竹の快進撃とはまさにこのことだ。


 決勝を前に今まで何とか持ちこたえていた空模様がへそを曲げた。諌めるような雨が降る。しかしそれで熱が冷めるほど、今のアニマルクラスの怒りは小さくない。


「ドッジボール決勝戦、試合開始です!」


 雨天決行。決して穏やかではない雨の中、つんざくような笛が鳴った。


 対戦相手は三年四組だ。今年で最後の球技大会とあって、向こうも本気だ。またアニマルクラスに負けたクラスはもちろん、アニマルクラスによくない感情を抱く他のクラスが三年四組の応援をする。はっきりいってアウェイ過ぎる。聞くに堪えない野次が時折足を鈍らせた。


 完全復活を遂げた小熊さんの豪速球、忠弥による外野への的確なパスさばきを中心にアニマルクラスは対等に戦っていた。

 時にわざとボールに当たってでも自分たちの内野にボールを獲る。博打まがいの捨て身作戦が当たり、順調に敵を狩っていく。


 雨ニモ負ケズ、野次ニモ負ケズ。

 俺たちは頭に血が上った状態でボールをぶつけあっていた。

 もし後々冷えた頭で思い返したら、戦慄を覚えるほどに。


「うおおおお!」

「おりゃああ!」


 一層激しくなる雨の中、魂のこもったボールが行き交う。時間制限はあるものの、もうとっくに時間の感覚など麻痺していた。

 しかし唐突に現実に引き戻される事故が起こった。


「きゃっ!」


 踏み荒されたグラウンドのぬかるみに、小熊さんが足を取られたのだ。中央ラインのすぐ手前で、ボールは運悪く正面の敵の手元にあった。それまで俺たちを仕留めてきた敵のエースが、ここぞとばかりに小熊さんを狙う。


 おそらくだが、もし冷静な状態だったら相手も手加減できただろう。獲物は運動神経の塊だが、あくまでもかわいくて華奢な女の子。この距離で本気でぶつけたら、あとでどんなになじられるか知れたものでもない。


 しかし、全ての流れが彼に手加減を許さなかった。

 剛腕が紳士的とは言えないボールを小熊さんに投げつける。尻もちをついたままの小熊さんに避ける術も受け止める術もない。

 

 ボールが小熊さんに当たる!



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