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敗北は必至

「暑いし、恥ずかしいし……」


 俺は警察官の格好をして地面に腰を下ろしていた。注目集めまくり。


「全く、何ちゅう格好だよ」


 忠弥も呆れ果てている。同情するなら、普通に体操服を着させてくれ。


「さったんはまだマシ。私、囚人のコスプレ……」


 手錠をして、足に鉄球を嵌められた響子ちゃんは、真面目な顔でそう言った。その真っ直ぐな瞳は模範囚を思わせる。しましまの女囚服がよくお似合いだ。


「響子は当然の報いだろ。せっかく小熊がいいピッチングしたっていうのに、お前がぼてぼてのゴロをトンネルして逆転されたんだからな」


 あれだけ息巻いていたにもかかわらず、ソフトボール組は初戦で敗退してしまった。

 よろりが怒り心頭でコスプレ罰ゲームを下したわけだ。強制コスプレの刑。


 打てば柵越えホームラン、投げれば三者凡退の山を築いてきた小熊さんの努力を、周りのナインが粉々に砕いたのだ。

 男子バスケとは違い、グローブも付けたことのないような連中をかき集めて結成したチームなので無理もない。

 その上相手は現役野球部の多い三年二組。小熊さん一人の力では勝てなかった。


 そして俺は足を引っ張りはしなかったものの、役にも立てなかった。情けなさに涙が出るね。


「パンダくん。よく似合ってるよ。元気出してー」


 孤軍奮闘をたたえられよろりに与えられた棒付きキャンディを片手に、小熊さんは全く悪意のない笑みを向ける。

 ただしコスプレは実行されていた。小熊さんは看護婦の衣装に身を包み、白衣の天使の神々しさを振りまいている。

 癒される。自分さえまともな格好だったら、よろりに感謝してもいい。


「ごめんね、小熊さん。せっかく試合できるの楽しみにしてたのに、こんな結果になっちゃって……」

「ううん。十分楽しかったよ」


 全くかげりのない笑顔で彼女は言う。


「でも、勝ち上がればもう一試合できたから」

「わたし、昔から勝ちにこだわりないよ。みんなで楽しくわいわい遊べればそれでいいの。気を使ってくれてありがとー、パンダくん」


 俺は曖昧に頷く。

 気を使われたのはむしろ俺の方だ。小熊さんは優しい。

 情けなさが倍増し重くなった体を丸め、本官、もとい俺は紺色の警察の制服を隠した。どんどん惨めになる。


 男子バスケは順調に勝ち上がっているが、それ以外の種目は午前のうちに全て敗北を期した。他の種目のクラスメイトにコスプレ衣装を引き継ぎ、元の恥ずかしいクラスTシャツに戻る。


 あと参加する競技はクラス全員参加のドッジボールだが、それは午後一番から行われる。まだ二時間ほど 時間があった。早めの昼食にするべきかと悩んでいたところ、「あ!」と小熊さんが奇声をあげた。


「わたし、グローブどこに置いたっけ?」


 小熊さん自前のグローブ。確かに周りには見当たらない。


「学校の備品にまぎれたんじゃないかな?」


 近くにいた俺は答える。

 響子ちゃんやほかのチームメイトは学校のものを借りていた。敗戦して倉庫に返す時に一緒に持っていかれてしまったのかもしれない。


「そうかも。探しに行かなきゃ」


 冷や汗をかいている彼女を見て俺は即座に決意した。

 ここがチャンスだ、俺。敗戦の償いの為にも彼女の役に立ちたい。


「俺も手伝うよ」


 すかさず俺は立ち上がる。小熊さんは「いいの?」と首を傾げた。いいに決まっているというか、むしろ付いて行かせてほしい。

 ここにいる男子は積極的に小熊さんに近づく勇気がないのか、どこか羨ましげに俺を見ていた。

 ちょっとだけ優越感。


 俺と小熊さんは体育倉庫へ向かった。

 その辺をうろついていた体育委員に許可を取り、中へ入るとお目当てのグローブはやはり備品の中に紛れていた。手伝うまでもなかった。


「良かったー」


 心底安堵したらしく、小熊さんはその場にへなへなと座り込んでしまった。よほど大切なグローブなのだろう。部活は辞めてしまっても、使っていた道具への愛着はなかなか消えない。気持ちは分かる。新しい物を買えばいいというわけではないから。


「安心したらお腹減っちゃった。早く戻ってご飯食べよー」


 すっかり元気を取り戻した小熊さんは、空腹を訴え出した胃袋をさすってはにかんだ。

 しかし俺たちが倉庫から出ようとした途端、予期せぬ声が聞こえた。思わず足を止めて聞き耳を立てる。


「アニマルクラスの連中、いい気味ですな」

「全くです。今のところ男子バスケ以外は負けたそうですよ」

「仕組んだ甲斐がありました」


 俺と小熊さんは薄暗く埃っぽい倉庫の中で、顔を見合わせた。

 おそらく倉庫の壁を背に教師たちが他愛のない雑談をしているのだろう。聞き捨てならない内容だ。


「ええ。どの種目も優勝候補のクラスと初戦で当ててるのに、気付かないんですから本当に馬鹿ですよ」


 下卑た笑い声。

 俺は思わず息をのむ。

 なんてことだ。

 言われてみれば確かにそうだ。対戦相手のほとんどが三年生のクラスで、その上その種目を得意とする現役運動部員が多かった。最初から全て学校サイドに仕組まれていたということか。


 いくらアニマルクラスが目障りだからって、この仕打ちは余りにもひどい。それが教職者のすることなのかと俺は愕然とした。


「…………え?」


 突然肌が熱気に晒された。

 見ると隣でグローブを抱えた小熊さんが顔を真っ赤にして、頭から湯気を立ち昇らせている。


「ゆ、許せない! わたし、こういうずるっこ大嫌いなの」


 今にも倉庫から飛び出して、冷笑している教師のハゲ頭にとび蹴りをくらわせそうな勢いだ。

 俺は慌てて小熊さんを羽交い絞めにする。


「お、落ち着いてっ!」

「何で? あんなこと言われて黙ってられないの!」


 手を離してあげたいのは山々だが、暴力では何も解決しない。

 そのことを身に沁みて知っている俺は必死だった。


 教師の声が遠ざかるまで、俺はそこで小熊さんを食い止めた。


「……うぅ、悔しい」


 もう離していいかと力を抜いた途端、彼女は嗚咽を漏らし、俺の腕に額をつけた。

 ぽろぽろと涙がこぼれていく。


 抱きしめるわけにもいかず、俺は小熊さんの肩に控えめに手を置いた。

メラメラと心に闘志が宿る。

 俺だってズルは嫌いだ。

 


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