お手紙は頼りない
昼休み、幼なじみ三人組でご飯を食べていた。
他のクラスメイトと交流がないわけではないが、結局この三人で固まっているのが一番落ち着く。
みんなもこの三人はセットなんだと認識しているようだ。
仲が良すぎて気持ち悪い、と言われたこともある。
それはさておき俺は悩んでいた。
どうすれば猫田さんとよろりの暴挙を止められるかなぁ。
「どうしたんだ、お前」
気づけば、忠弥と響子ちゃんが不審そうに俺を見ていた。
どうやら俺は箸でミートボールを摘まんだまま、考え事に没頭していたらしい。
「何でもない。ちょっと作戦を考えてて……」
その一言に、二人は大げさに首を横に振った。
「こ、怖え」
「さったん、今度は誰を陥れるの……?」
ひどい言われようである。しかし甘んじてこらえよう。俺はもう中学の時とは違う。
可能な限り人当たりの良い笑顔を返した。
「そんなことより忠弥、部活はどう? うまくやれてるの?」
忠弥は中学同様バスケットボール部に入部している。日海学園の運動部は総じてそこそこといったレベルで、全国で通用する忠弥のことだからさっそく活躍しているだろう。
「あ、ああ。まあ順調といえば順調。夏の大会も出してくれるっぽい。ただ……」
おにぎりの梅干しが酸っぱかったのか、彼の表情も酸っぱい。
「なんだ、また意地悪されてるの……?」
「そんなんじゃねーよ!」
響子ちゃんの無神経な言葉に、忠弥は机を叩いて立ち上がった。今のはまあ、響子ちゃんが悪いだろう。しかし忠弥もだいぶ大人になったようで、それ以上怒鳴ったりはしなかった。
その代わり俺の顔色を窺う。
「このクラスのせいでちょっとからかわれてるけどな、部長がいい人だから大丈夫だよ。『夢の国のトップスター』とか『トムが来たぞ、逃げなくていいのか』とか言われるくらいで。レギュラー争いも緩いし……中学のときみたいなことにはならねえよ」
そうは言ったものの、忠弥の表情は暗い。
「ただ……先輩に厄介なことを頼まれた」
「何?」
不愉快そうに忠弥は眉間に皺をよせ、響子ちゃんに聞こえないように俺に耳打ちをした。
「うわ」
なるほど厄介なことを頼まれたものだ。最悪。
「男同士でこそこそして気色悪い……」
響子ちゃんはそこまで関心がないらしく、一人蚊帳の外に置かれても平然と(俺のお弁当箱から奪った)煮豆を咀嚼していた。
俺だったら二人に隠し事をされていたら、疎外感で悲しくなるだろう。
さすが響子ちゃん。人とずれてる、じゃなくて器がでかい。
「響子に話しても何の役にも立たねえからな」
「ん? ということは、俺は役に立つってこと?」
まただ。また嫌な予感で目の奥が痛み出した。
忠弥はもちろんと頷いて、俺の肩を強く叩く。
「頼んだぜ!」
一体何を、などと問い返さなくとも察した。
「あの、猫田さん。ちょっといいかな」
ホームルーム終了後、俺は無理矢理笑顔を作って隣の席の少女に声をかけた。次々とクラスメイトが教室から出ていく中、俺と彼女、そして忠弥だけがその場に残る。
「なあに? パンダくん」
「えっと、その……ちょっとお話が。おい、忠弥!」
忠弥は覚悟を決めてこちらに歩み寄り、制服のポケットから一枚の封筒を差し出す。
「こ、これを、読んでほしいんだ」
俺以上に女子に耐性のない忠弥は、顔を真っ赤にして絞り出すようにそう言った。見ようによっては大変初々しく微笑ましい光景だ。
「これは何?」
猫田さんから当然の問いかけ。
「えっと、それは、いわゆる、ラブレターというやつだ」
「まさかネズミくんが私のことを?」
「い、いや、違う。二年の元橋先輩から、預かってきた」
元橋先輩というのは忠弥のバスケ部の先輩だ。猫田さんに一目惚れして、何とかお近づきになろうと忠弥に郵便配達を頼んだらしい。
全くひどいことを頼む先輩だ。猫田さんとまともに会話したことない忠弥はどう切り出すべきか迷い、席が隣の俺に仲介を頼んだ。ようするに俺は見知らぬ先輩の色恋沙汰に巻き込まれてここにいる。
「ふうん。今どき珍しいわね」
照れも減ったくれもない様子で、さばさばと封を切った猫田さんは文面に目を通すや噴き出した。あまりにも無礼なふるまいだった。
「で?」
猫田さんは呆然とする忠弥に不躾な視線を向けた。
「手紙を渡すのだけが、あなたの仕事?」
普段の柔らかい物腰からは考えられないくらい硬くて無機質な声だった。
もう徹底して猫を被る気がないのか、それとも俺に正体がばれたせいで気が緩んでいるのかは分からない。
忠弥の動揺はかわいそうなほどだった。
「で、できたら返事を聞いてくるように、言われてるけど……でも……あ!」
案の定、猫田さんは血も涙もないことを平気な顔でやってのけた。
元橋先輩渾身のラブレターをびりびりと破り捨てたのである。
「おい、何するんだよ!」
「これが答えよ。ネズミくん」
見つめたものを凍りつかせる絶対零度の瞳が、忠弥の身を竦めさせた。
「笑わせてくれるわ。誰が顔も名前も知らない男と付き合うのよ。しかも直接告白するでもなく手紙? その上後輩に持って行かせるなんて最低最悪の馬鹿ね。それで一ミリでも私の心が動くとでも? 冗談じゃない。私も随分ナメられたものね」
猫田さんの言い分は正論だ。正論すぎて、おっかない。
「どうせなら文面も誰かに代筆してもらえばよかったのに。字は汚いし、語彙は乏しいし、頭の悪さがよく分かるお手紙だったわ」
呆然としてた忠弥が我に返る。
「や、破ることないだろ!?」
「甘い夢を覚まさせてあげたのよ。感謝してほしいわ」
確かにこんな返事をもらったら、真っ赤に熟した百年の恋も青ざめるだろう。
「あなたもあなたよ。ほいほい先輩の言うこと聞いちゃって、私の被る迷惑を少しは考慮してほしかったわ。その先輩諸共反省して下さる? 身の程をよくよく顧みることね」
猫田さんの口元は笑っていたが、目は怒りに燃えていた。相当腹にすえかねたらしい。鞄を乱暴ながらも鮮やかに肩にかけると、一瞬俺にまで紫外線よりも有害な視線を浴びせた。
俺が両手を上げて降参すると、長い髪を揺らしながら憤懣やるかたない様子で教室から立ち去った。
沈黙。
「忠弥……」
なんて言っていいのか分からない。それでも何か言わなければと俺が口を開いた直後、
「ムカつくっ!」
と忠弥は地団太を踏んだ。
「なんだあの態度。そりゃ先輩のやり方は俺だって気に入らねえ。でもさ、だからってあんなことする必要あるか? 好意に対する感謝はないのか? 男に好かれるのは当たり前だと思ってるのか? マジ最悪だな。つーか、腹が立ったなら本人に直接言ってくれよ! 俺にだって立場ってものがあるんだよ! 先輩になんて言ったらいいんだよ!」
一息で叫ぶと、忠弥は暗い目で俺を見た。
「あの女、相当性格悪いな。もっと話の分かる奴だと思ってたのに。お前気づいてたか?」
「え、うーん、でも猫田さんも性格悪いって自分で認めてたし」
「マジか。そういうことは先に言ってくれよ」
口惜しそうに忠弥は机に拳を振り下ろした。
その日から忠弥と猫田さんは本来のネズミと猫と同様、険悪な関係になった。
俺はどうしたものかと思案する。二人に無理に仲良くなってもらう必要はない。むしろ友の身の安全を考えれば悪魔を配下に置く猫田さんとは関わらない方がいいのは明白である。
しかしそれが行き過ぎてよろりの反感を買ってしまうのもよろしくないわけで、ああ、人間関係って難しいな。
苦悩する俺を置いてきぼりにしたように、学内は異様に熱くなっていた。
一学期最大の行事が体育委員長の一言により高らか開会したのである。
こうして丸く収まりそうもない球技大会が幕を切った。




