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妄想はほどほどに

 俺は夢魔について調べてみた。

 ナイトメア、インキュバスという名前は有名だろう。ゲームでも見たことある。

 よろりがそれに該当するのかは分からないけど、調べておいて損はない。


 恐怖の遠足の翌日、土曜日の昼下がり。

 俺は自室でスマホをいじり、そして家を飛び出した。


 悦楽、淫夢、上に乗る、ミルク、××、×××××……。


 予想はしていたが、それを上回る量の卑猥な言葉の羅列に俺は耐えられなかった。

 恥ずかしくなったわけではない。

 よろりがそのような行為に及ぶ場面を想像して具合が悪くなったのだ。


 ま、まさか、猫田さんとよろりって……。

 猫田さんが遠足の日に体調不良だったのも、もしかして前日にそういうことがあったから?

 彼女の妖艶な微笑みを思い出し、俺は赤面する。


 いや、それだけではない。

 よろりが夜な夜な女子生徒にいかがわしいことをしていたら……。


「うわああああああ!」

 

 近所の河川敷を全力ダッシュすることで俺は嫌な妄想を置き去りにした。

 

 落ち着け、俺。

 あの二人は主従関係で、主は猫田さんだ。

 だから、うん。きっと大丈夫。

 ちゃんと手綱は握っているはずだ。

 それによろりがネット情報と同じ種類の夢魔とは限らない。

 何の確証もなしにいかがわしい妄想をする方がイヤラシイぞ、俺。


 俺は乾ききった喉を潤すため、コンビニに向かった。

 刺激欲しさに炭酸か、癒しを求めてミルクティーか。

 俺が真剣に悩んでいると、背後に気配を感じた。そして唐突に抱きつかれる。


「さったん、アイス買って……」


 振り返らなくても分かる。俺を「さったん」と呼ぶのは、幼なじみの響子ちゃんしかいない。

 人という字は支え合ってできているというが、まさに今そんな感じ。

 自分の体を自分で支える気力もないのか、俺にもたれかかっている。

 

「響子ちゃん、しっかりして」

「しっかりする。だからアイス……」

「なんで俺がおごらなきゃいけないの?」

「おごれなんて言ってない。大丈夫。出世して千倍で返す……」


 このやりとり、子どもの頃から何百回しているか分からない。響子ちゃんの借金は莫大な金額になっている。

 この場に忠弥がいたらもう二、三の手順を踏むが、いないので仕方がない。

 俺は響子ちゃんご所望のアイスバーと自分用のミルクティーを買い、コンビニを後にした。彼女に遭遇した以上、刺激はもういらない。

 

 響子ちゃんはアイスバーを頬張りながら、俺の隣をふらふら歩いている。

 甘やかしすぎかな。でも、萎れた花に水をあげずに放置するのは心が痛む。


「ありがとう。さったんは本当に優しい……」

「へいへい。それより外にいるなんて珍しいね。どこ行ってたの?」

「スラァンプ……」


 響子ちゃんは荒んだ目で空を睨んだ。

 作曲活動に行き詰っていて、気分転換に散歩をしていたらしい。


「そ、そっか、大変だね」

「これくらいの苦悩、天才なら誰もが通る道……待ち受けるT字路、その先にある進入禁止のデッドゾーン……袋小路に陥ったドライバーにナビから残酷な宣告……目的地を設定し直してください」

「……とりあえず、帰ったら寝なよ。きっと頭がすっきりするから」


 徹夜明けの末期症状が出ている。

 響子ちゃんは素直に頷き、アイスバーを平らげた。


「さったんの心配事も、寝ればすっきりするかも……」

「え?」

「ばいばい」


 お互いの家への分かれ道で響子ちゃんは手を振って去って行った。


 俺、顔に出やすいタイプなのだろうか。

 それとも響子ちゃんが異様に鋭いのか。


 それはともかく、俺の悩みは寝れば解決する類のものではない。

 むしろ眠るのが怖い。


 重たいため息をついて、俺は帰路についた。



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