プロローグ 神様は心配性
よろしくお願いします。
現代の日本社会において、「自分は神だ」と口走る人間はろくでもない。
本気で口にする者はもちろん、自分の能力を過大評価した上で比喩として使う者にも、大抵の人間が眉をひそめるだろう。
しかし、私は別に何とも思わない。
人間のそんな戯言をいちいち真に受けていたら身が持たないし、疲れてしまうからである。だから安心してよい。思う存分身の程知らずを口走ってくれ。その程度で天罰を下すほど、私どもの心は狭くないのだよ。
さて。
自己紹介が遅れたが、私は神である。
今眉をひそめた奴、少し傷ついたので今後気をつけてほしい。私は結構デリケートなのだ。
気を取り直そう。
私は日本領空内に身を置く神の一人、ちなみに女神である。
一神教の方には馴染みがないかもしれないが、この国にはたくさんの神々が住んでいる。
八百万の神がいるとか、米粒の一つ一つに神様が宿っているとか、聞いたことがある人も多いと思う。実際どれほどの神がこの国にいるのかは定かではない。私は数えたことがないし、私の友達にも数えた奴はいない。
ともかく私は神なのであるが、階級は中の中くらいだ。あんまり目立たない。
一番偉い神を内閣総理大臣だとすれば、私は真面目に頑張っているのに国民に名前を覚えてもらえない国会議員だ。だが、死神や貧乏神や厄病神のように、汚職をして有名になった議員よりははるかに良い立場にいる、と思う。
全然信仰してもらえないけどね!
ああ、口が滑った。神の愚痴など聞きたくないだろうに申し訳ないね。
では本題、つまり私が一番きみたちに伝えたいことを話そう。
今から十五年前のことだ。
信仰心が目減りしてすっかり元気をなくしていた私は、突如の僥倖に恵まれた。私が気に入って見守っていた街に、大変良い魂を持った男の子が生まれたのである。
彼の心は、剥きたてのゆで卵のようにピカピカしていた。おそらく前世でかなりの善行をしたのだろう。非常に徳が高い。
私は彼を見守ることに決めた。彼の心に魔が差しこまないように細心の注意を払い、弱った力でできうる最上級の加護を与えたのである。
その甲斐あって、彼はすくすくと育った。
幼稚園の頃は人見知りが激しいものの優しい子だった。小学生にもなると友達ができて活発になり、中学生ではそのエネルギーが爆発してしまい少々やんちゃな思春期が幕を切ったが、今ではすっかり落ち着きを取り戻し、優しくて素直な子に戻った。実に微笑ましい。
ただ、私は少々自分のことを過信していた。そして彼に対して過保護過ぎたらしい。
彼は今度、高校生になる。
まさか高校にあんな敵が待ち受けているとは、私でさえ創造、いや想像できなかった。
彼の行く末を大きく歪めてしまうような、最悪の出会いが待っているのである。
ああ、どうしよう。
彼の純朴な魂が汚れてしまわないか、心配で夜も眠れない。眠らなくても平気だけども。
というわけで私は今日から手に汗を握る思いで、彼を見守ることになる。もうこれ以上のご利益は与えてやれないので、手助けすることはできない。
そして入学式の朝、彼はまだ何も知らずにこの国の美しい桜を眺めていた。