第参話 会合
遅くなりましたが、第参話です
扉を開けてまず目に飛び込んで来たのは、一夕会メンバーからの視線だった。
その視線は、新たに転校してきた転校生に向けられる視線によく似ている。当たり前だろう、今目の前に未来から来たと自称する青年が目の前にいるのだ。彼らからすれば、俺の姿を見るのはまさに未知との遭遇なのだろう。
とはいえ、それは俺も同じだ。小畑敏四郎に岡村寧時、東条英機に山下奉文、更には石原莞爾まで目の前にいるのだ。歴史を動かした人物が目の前にいるということと軍人ならではの雰囲気に思わず気圧されそうになる。
永田「まあ、座って。佐藤君」
そういうと永田さんは目の前の席を引いて座るように促してくれる。
佐藤「失礼します。」
そう言って俺はいすに座り、周りを見渡す。目の前には一夕会の主要メンバーが勢ぞろいしており、ただならぬ空気を発している。
小畑「鉄山、彼が未来から来たと自称する男かね」
永田「ああ、そのとおりだ」
佐藤「はじめまして、佐藤敏亮と申します。信じてもらえないと思いますが、私は2015年からこの時代にやってきました。」
石原「時間を越えてやってくるとは・・・未来とはそこまで技術が発展しているのか。どのような方法で時間を越えるのかね?」
佐藤「残念ながら。私も気がついたらこの時代にいたという状態なので、どのように時間を越えたかわからないのです。」
石原「そうなのか。まあ、それならそれで未来とやらがどんな世界になるかは興味が湧くな」
永田「まあ、その未来について意見を聞くために今回の会合を開いたのだからな。佐藤君、話してくれたまえ」
佐藤「わかりました。」
永田さんの許可をもらい、俺は未来について話し始める。
未来の暮らしや文化について放しているときはみんな面白そうに聞いていた。
まあ、萌えの文化について少し触れたときは
小畑「なんというか・・・未来の日本文化とやらは破廉恥がすぎるのではないか?」
東条「確かに・・・われわれの理解の範疇を超えている」
山下「女中がやっていることが大衆に受け入れられた感じなのかこれは・・・?」
永田「女体化や猫耳は江戸時代に存在していたし、幼い女の子がかわいいというのは枕草子で書かれている。むしろ萌えというのは1000年前からの日本文化の根本なのかもしれない」
小畑「嘘だろ・・・」
東条「できればあまり知りたくなかった・・・」
山下「夢に出てきそうだ・・・」
という、一種のカルチャーショックが起きていたが。そしてその中で
石原「ネコ耳・・・ありかもしれんな」
という言葉が聞こえたのはたぶん空耳だろう。
とまあ、最初のうちは話していると感嘆の声が上がったりして俺も話すのが楽しかったわけだが、
これからたどる歴史の話になるとだんだん周りの空気が重くなり、終戦のところを話し終えると完全にお通夜状態になっていた。
この状態でもつらいのだが、問題はまだ相沢事件について話せていないことだ。一応、永田さんには出会った日に話しているのだがこの状況で相沢事件のことを説明しようものなら殺されそうになるだろう。
小畑「・・・つまり、我々に待ち受けている未来とは一夕会が対ソ派と対支派に分かれて争い、対ソ派がクーデターまがいの事件を起こし、対支戦争を起こすも8年間泥沼を続け、挙句対英米戦を開始し、最後には帝國のほとんどを焦土にされるというのか・・・」
東条「にわかには信じがたいな・・・」
永田「皆がそう思うのも納得できる。こんな話、普通は信用できない。」
岡村「では何故、お前はそれを真実だと思うんだ?」
永田「彼が話す歴史には、意図がないように思えるからだ。歴史小説とかだと、この次はこうしたほうが面白いという作者の意図が見えるときがあるのだが、彼が語る歴史にはその意図がまったく見えない。だから、私は彼が言うことはすべて真実とは思わなくても半分くらいは真実だと思っている。それに、これが真実なら我々の主要なテーマの一つである満蒙問題の解決について、考え直さなくてはいけない」
石原「確かに・・・。確か彼の言う未来では、線路の爆破工作を偽装して軍事行動を開始。満州一帯を占領して、愛新覚羅 溥儀を擁立し満州国を打ち立てたのだな。」
佐藤「はい。しかしこの事件はリットン調査団により日本の謀略であると判断され、連盟で満州国は承認されず日本は連盟を脱退して国際的孤立を深めることとなります」
東条「ふうむ。では満蒙には手を触れず、日支友好に努めるのが帝国として最良なのかね?その場合は対ソヴィエト戦争の観点からは不利な立場におかれるが。」
佐藤「私としては、満蒙に政治的権力を確立することには賛成です。しかし、木曜会の満蒙領有論にはいくつか指摘したい点があります」
小畑「指摘したい点とは?」
佐藤「まず支那についてですが、民国は成立から領土については清の時代の領土をそのまま領土とする方針を打ち出し続けています。そのため、たとえ満蒙が華外の地であったとしても取り戻そうとするでしょう。
また軍事力の面においては支那の軍は確かに脆弱ですが、彼らには広大な領土がありその領土を利用してゲリラ的に攻撃を仕掛けてくるでしょう。」
佐藤「また、アメリカがその生存のためには南北アメリカで十分であり、国力をかけた戦争をアジアに対しては行わないであろうという認識は間違いです。アメリカが自国の安全を確保するには、南北アメリカはもちろん、太平洋と大西洋も必要です。もし帝国が支那を勢力圏にしたならば、アメリカの対岸に巨大な勢力圏が出来上がります。それを阻止するためにアメリカは支那に大量の援助を送るでしょうし、最悪の場合、日本に対して石油の禁輸などの経済制裁を加える可能性もあります」
東条「ふむ・・・。では逆に、そこまでの危険を伴ってまで満蒙に政治的権力を確立する利点は何かね?」
佐藤「まず、満州にはかなりの量の石油が眠っています。」
永田「ほう、その石油を使えば石油禁輸も問題ないというわけか?」
佐藤「いえ、この石油は少々難がありまして航空機に使うには適さないのです。この油田の真の利用の仕方は外交です」
小畑「外交?」
佐藤「この世界で史実どうり大東亜戦争が勃発した際、アメリカの指導者は民主党のローズヴェルトです。
史実でローズヴェルトは日本との戦争に際し、無条件降伏以外認めないとの発言をしており、彼が大統領の間は講和条約を締結するのは難しいでしょう。そこで重要になってくるのが、大統領選挙です。」
永田「なるほど、ローズウェルトには戦争指導の資格は無いと米国民に思わせ、選挙で敗北させるのか」
小畑「しかし、緊急事態宣言などで大統領選挙を延期させる可能性があるのではないか?」
佐藤「アメリカは南北戦争のさなかであっても、大統領選挙を行った国家です。仮にローズウェルトが大統領選挙を延期させたとしても、野党や国民から激しい非難にさらされるでしょう。」
石原「それで、そのことと満州の石油はどのように結びつくのだ?」
佐藤「アメリカは二大政党制を行っており、民主党は二大政党の一角です。もう一つの政党が共和党。そしてこれが重要なのですが、アメリカの多くの石油会社は共和党を支持しています。つまり、アメリカの石油会社に『満州で出る石油の共同開発と一部採掘権を譲る代わりに対日和平を斡旋してもらいたい』と言うわけです。」
岡村「石油で講和を買うのか・・・」
佐藤「もちろんこれだけで講和がなるとは思っていませんが、大東亜戦争後の経済発展にはアメリカの資本投下が欠かせないので、ここで経済的な結びつきを作っておくのは損なことではないと考えます。」
東条「なるほど、満州を手に入れる利点についてはわかった。しかし、英米との対立が避けられないのならばそれに向けて改善すべき部分も多いのだろうな」
佐藤「はい、辛辣な事を言うかもしれませんが改善すべき部分は多々あります。はっきり言ってアメリカの技術力、経済力を十年で上回るのは不可能です。だからこそ、兵器の運用思想・外交・諜報などで立ち回らなければなりません」
石原「正面からでは勝てないから、搦め手を使うというわけか」
佐藤「そのとおりです。」
永田「では、その改善すべき点とやらを聞かせてもらおうか」
佐藤「はい、まず・・・」
______半世紀以上前に目覚めたこの国は、世界の頂点を目指しひたすらに走り続けている。史実では、自分の限界を超えてしまったために倒れてしまった。この世界で唯一のイレギュラーである自分は、この国が倒れないように適切に対処できるだろうか。そんな自問に答えるかのように、一陣の風が背中を吹き抜けた。______
今回でプロローグは終了です。次回からは少し時系列が飛ぶことになります