第弐話 一夕会
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『一夕会』(いっせきかい)
史実においては木曜会の会合に二葉会の永田鉄山や東條英機が顔を出すようになったのを契機として新たに発足した組織である。最も、一夕会成立後に二葉会や木曜会がなくなったわけではなく、一夕会成立後も二葉会や木曜会の会合もしばしば行われていた。
会員には永田鉄山や東條英機、小畑敏四郎、岡村寧次などの多くの陸軍高級エリートが所属していた。意外に思われる人がいるかもしれないが、無能で名高いあの牟田口も会員である。(一応、牟田口も下級将校時代は優秀だったらしい)
さて、そんな一夕会は史実においては1929年5月19日に発足している。しかし、それは史実での話である。
未来から来たと自称する人間が永田鉄山との邂逅を果たしたことにより、この世界での一夕会の発足は少し早まることとなる。具体的には1929年3月6日だ。更に、情報漏えいを防ぐために両会の重鎮のみが一夕会に参加することとなった。この会合で初めて、未来から来たと自称する人間___佐藤敏亮___はその姿を永田鉄山以外の人間に見せることとなる
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俺は今、一夕会の会合が行われている部屋の前で永田さんが自分のことを呼ぶまで待っている。
といってもまだ一夕会は名目上は発足しておらず、今回の会合は二葉会と木曜会による合同会合ということになっているらしい。
永田さんと初めて出会ったあの日、自分は未来について語れることをすべて語った。満州事変、日中戦争、第二次世界大戦、太平洋戦争、そして日本の敗戦。話を聞き終わった永田さんは後の永田さんの呆然とした顔は今でも忘れていないし、今後も忘れることはないだろう。だが、少しの静寂の後に永田さんは俺に問いかけてきた。
「どうすればそのような未来から、日本を救えるのだ」と。
日本が太平洋戦争で敗北した理由は、いくつもの要因の重なりであり決して『これだ!!』とひとつに断定することはできない。(最も、それはほとんどの戦争に言える事だろうが)ある人は補給の軽視だと考えるし、ある人技術力の差と考える人もいるだろう。戦争戦略の杜撰さからと考える人もいる。そして、それらはすべて正しいのである。
帝国陸海軍は確かに兵站を重視していなかったし、戦争終盤には技術力の差は顕著になった。日本の対連合戦略に至ってはドイツがイギリスを屈服させるのが前提だった。
個人的にはこの理由は経済力だと考えている。太平洋戦争は総力戦だった。総力戦とはひとつの戦争に国力を可能な限り注ぎ込む戦い、つまり国力の戦いである。そしてその国力を最も反映しているのが経済力なのである。誰の言葉かは忘れたが、『経済力とは第四の軍事力である』というのはまったく持ってそのとおりだと俺は考えている。太平洋戦争開戦時のアメリカの経済力は日本の経済力の20~30倍である。日本は開戦時に『第四の軍事力』で圧倒的に負けていたのである。
とにかく、俺は永田さんに日本が負ける要因となった原因をできるだけ伝えた。最もインパール作戦など、いくつかのことは伝えていないが。話を聞き終えた後、永田さんは「これは私一人では到底手の及ばない問題だな」と言い、少し考え込んだ後「木曜会と二葉会の連中にも意見を聞いてみるか」といった。そうして今現在に至るわけだ。あの後からの4か月間は永田さんの家で生活させてもらわせた。最も、外出は固く禁じられていたが。
ドアの向こうから声が聞こえる。
「鉄山、今回の会合の事前の打ち合わせの時に聞いたことだが、俺は未だに信じられん。本当に未来から来た人間なんぞいるのか?」
「敏四郎、私だって完全に信じているわけじゃない。ただ、彼の話すことには妙な説得力があった」
「しかし・・・」
「それに、彼は満州某重大事件の真相を知っていたのだぞ。そんな人間を野放しにするわけにはいかない」
「ということは我々が張作霖を爆殺したことを知っているのか!?」
「どこかのスパイではないのか」
「スパイだとすれば、なぜその情報を私に告げたのかがわからん。いずれにしても、手放しにしておけばどのような事態になるかわからん。そのためにも我々の側に引き入れておかねばならん。」
どうやら信用されていないらしい。常識で考えれば当たり前だろうから、何とも思わないが。
「とにかく、一度話を聞いてみようではないか。それから信じるか信じないか判断しよう。」
「まあ、これから我々がどう動けば良いかの指針にはなるかもしれんな」
「よし、佐藤君入りたまえ」
永田さんから名前を呼ばれる。俺は高まる気持ちを抑えるために深呼吸をする。
(落ち着け、いつも通り行動しろ)
数回の深呼吸を終えた後、俺はドアノブに手を掛けた。
永田鉄山と小畑敏四朗が下の名前で呼び合うのは本作の独自設定です。
皆さん良いお年を