2.妖精
「ブヒィィー! ブヒィィー!」
なんだ五月蠅いな。こっちは二度も腹パンされて機嫌が悪いんだぞ。
俺が騒音によって目覚めるとごつごつとした岩肌の天井が見えた。どこだここと手足をバタつかせるが思うように体が動かせない。しかも妙に体の節々が痛い。
だがそのおかげで頭が冷えた。
あ~そうだ、確か俺は転生したんだった。ってことは今の俺は赤ん坊になっているってことか。
短い手足を見て自分が転生したことを思い出した俺は、能力の確認を後回しにとりあえず周囲と自分の状況を把握する。
首も自由に動かせない状態なので目だけを必死に動かす。天井だけではなく壁まで岩なのが見て取れた。なんとなく小さい頃に遠足に行った天然洞窟に似ている。
ただし光る苔が所どころ生えているのはファンタジーを感じさせる。おかげで周囲の様子がよく分かるからいいんだけど。
俺の近くには豚の様な顔をした赤ん坊が素っ裸のまま地面に無造作に寝転がされていた。他にも泣き声が聞こえるからこの場所に俺を含めた複数の赤ん坊がいるのだろう。
他は何も見当たらない。周囲は岩に囲まれ砂利と無防備な赤ん坊が複数。
うむ、とりあえず俺の転生先は良い所ではないらしい。むしろ最悪に近いのではなかろうか。
俺が嫌な現実を受け止めていると突如胸の辺りが光りだした。
「――ッ」
蛍の光の様にぼんやりと点滅する体に戸惑っていると、俺の胸から金色に輝く花の蕾が浮き出てきた。花はまるで水面を波打かのように俺の胸を震わして宙に浮かぶ。
花の出現とともに俺の体の発光はやみ、代わりに花の蕾の光が増した。胸の辺りを確認するが外傷も痛みも無かった。
これは何だろうか。大きさは30センチ程で目の前に静止した状態で浮かんでいる。光り輝く花が気になった俺はその表面部分の感触を確かめようと花弁を指先で軽く突いてみる。
すると触れた花の蕾が開き始めた。
同時に、その中から何かが飛び出してきた。
その何かは、主に大きなお兄さんたちが好みそうな美少女フィギュアだった。
鮮やかな空色のミディアムヘアで、薄紫色のレオタード姿に、腰の辺りに巻かれた半透明のひらひらのスカートは、まるで女子フィギュアスケーターの衣装の様である。
すげぇ綺麗だな。透明な羽が背中から生えてるから妖精がモデルなのだろうか。あっ、いつの間にか花が落ちてる。
考えが追い付かず他人事のように観察していると、美少女フィギュアの目が開いた。人形かと思ったが生きているようだ。
妖精? がぶるりと体を震わせると俺をしっかりと見据えて話し出した。
「初めましてマスター。私はマスターのサポート妖精です」
サポート妖精……ということは転生特典のサポートキャラのことか。
「はい、そうです。ですがまだ仮契約中なのでマスターは正式なマスターではありません。言うなればマスター(仮)ですね。契約魔法の一つ、使い魔契約で正式にマスターとなります。魔法は私が発動するので、マスター(仮)は私に名前を付けてください。それで契約は成立します」
名前かー。急に名前を決めろと言われてもすぐには出ないぞ。ゲームのプレイヤー名を決めるのにも時間をかける性格だからな。
というかマスター(仮)ってなんだよ。しかも俺は一言も喋っていないのに会話が成立している感じなんだが……。
「会話は仮契約の念話機能を活用していますし、マスター(仮)が嫌なら早く名前を決めてください。愚図な男は嫌いですよ」
なんか口の悪い妖精だな。
だけどサイズが小さいとはいえ美少女――いや美妖精だ。クールな妖精のジト目とか少しグッとくるものがある。
「はぁ。性的嗜好の偏ったマスターに当たるとは私はなんと不幸なのでしょうか」
妖精はため息をついて額に手を当てる。
別に純粋な気持ちから来るものであって決してやましい気持ちから見たわけではない。変な誤解をしないでもらいたいな。
「ほう、そうですか。ではマスター(仮)の前世の部屋に飾ってあったお人形さんはなんでしょうかね。大きなお兄さん?」
おう、ダメだこれ。なんか俺の情報筒抜けなんだけど……。どうなってんだよ。
「サポート妖精ですからね。マスター(仮)に関することなら魂から出る時に知識として読み取っています。まぁ、何の益にもならない内容が多かったですが」
もうやめて、俺のライフはゼロだよ。名前を付けるから許してくれ。
今日からお前の名前はフィンだ。これでいいだろ?
「仮契約の主からの命名を受諾。ここに妖精フィンはマスターを定め、使い魔となることを誓います」
フィンの言葉とともに幾何学模様の魔方陣らしきものが俺とフィンの間に出現する。魔方陣から光が照射され、俺とフィンをつなげる。
俺の中の何かとつながった感じがすると、すぐに光も魔方陣も消えてしまった。
「これで使い魔契約は完了しました。マスター、これからよろしくお願いします」
フィンが微笑を浮かべて丁寧なお辞儀をする。口を開けばこ憎たらしい妖精だが思わず見惚れるほど様になっている。
つい見惚れてしまった俺を無視してフィンは小首をかしげる。
「ではマスター。まず私は何をすればいいのでしょうか?」
どうやら俺の指示待ちらしい。とりあえずこの場所について教えてくれ。割と切実に俺がどこで何に生まれたのか知りたい。
念話で俺の思考を読み取るフィンは目を閉じて小声で魔法を唱えだした。次は何が起きるのかと期待したが何も起こらず、フィンが閉じた瞳を開いただけだった。
だがフィンには何かが分かったのか、ふむと頷いた。
「ここは大陸の西端に位置する魔境の一つ、群れる森です。マスターは森の洞窟を住処にしているオークの群れで生まれたようですね」
オークか。
周囲の赤ん坊の顔や鳴き声から豚っぽいと思ったが、まさか本当に豚だったとは。いや、それならこんな環境なのも納得できるけど。
だけど転生先の指定を取りやめたのは自己責任だから仕方ないかな。一度死んだ身の上だし、オークだからってマイナスに考えるのはダメだよな。むしろオークなんだから人間だった頃の倫理観念を捨てて生きていかなければ。あれ、そう考えるとあんな事やこんな事を誰憚ることなく出来るオークっていいじゃんと思えてきたぞ。
「さすがマスター。下種な開き直りが早いですね。ですが一つ訂正すべき点があります。マスターは――」
フィンが何か言おうとした時、ドタドタと足音が聞こえた。足音の存在は走っているらしく、すぐに俺たちの目の前に現れた。
それは豚の顔をした巨漢だった。多分あれがオークなのだろう。
「んだ~、お前らうるさいブヒィ! オイラが子守の時に限って泣くなブヒィ」
オークは赤ん坊たちの泣き声がうるさくて怒鳴りに来たようだ。そのまま腰蓑姿で片手に棍棒を持ち、ぼりぼりと腹を掻いて俺たち赤ん坊の間を歩き回り始める。
そしてオークは一番泣き声がうるさかった赤ん坊の目の前で止まる。ちょうど俺の近くの赤ん坊だったのでオークが何をするのかよく見える。
その赤ん坊を睨んだオークは舌打ちをすると棍棒を振り上げた。
「だから、うるさいって言ってるブヒィ!」
グチャリと肉を叩き潰したような音が洞窟内に響く。勢いよく振り下ろされた棍棒は容易くその赤ん坊をミンチにしてしまった。
その光景と飛び散った血肉が付着した俺は絶句してしまう。
今まで泣き続けていたオークの赤ん坊たちもびっくりして黙り込んでしまった。だがすぐに涙腺が決壊し、先ほど以上の泣き声の大合唱が始まった。
「転生早々なんとも騒がしいものですね。……ところでマスターはいつになったら豚の鳴き声を出すんですか?」
この惨状を騒がしいの一言で済ますフィンが俺に毒舌を吐いてくる。宙に浮いたフィンを寝転んだ姿勢で見上げる都合上、見下されている感じが否めない。
いや、それどころじゃないだろ。何でそんな堂々としていられるんだ。今更だけどオークに見つかったら拙いじゃないか!
「それなら問題ありません。今は不可知の魔法で基本的にマスター以外から知覚されることはありませんので御安心を。そもそもオークが何も気づいた様子がないのを考えれば、何かしらの対策を打っていると思いつかないのですか?」
フィンが羽を震わせて答える。
確かにオークの視界に入っている筈なのに見向きもされていない。オークは怒りを発散して満足したのか欠伸をすると、こちらに背を向けてのろのろと歩き去っていく。
よかった。このまま目の前の危機が去るまで大人しくしていよう。
そう考える俺を無視してフィンがオークの方を見ていることに気づく。
「ところでマスター。……マスターに血肉を付着させた原因であるオークを殺しますか?」
なんでそうなるんだよ。別にいいよこれぐらいの汚れなんて。お前の忠誠心は嬉しいけど、今の俺は赤ん坊で弱い存在だから面倒事は起こさないに限るぞ。
だが俺の心の声を無視してフィンは手元に火の玉を作り出す。
「ですがマスター。私の服に汚れを付着させた件も含めれば万死に値するのではないでしょうか」
フィンの言葉を受けてよく見るとスカート部分に小さな赤い点があった。おそらくフィンにも血が飛び散ってしまったのだろう。
……お前もしかして自分の服が汚れたことを怒ってるのか。
フィンが先ほどと同じ微笑を浮かべる。
「ふふっ、大丈夫です。私の魔法の火力ならば悲鳴を上げることもなく消し炭です。オークが一匹消えても何の問題も起こりませんよ」
笑顔で怖いこと言うなよ。世の中絶対大丈夫なんてことあり得ないんだから今は抑えてくれ。頼むお願いしますから。
俺がフィンに押し留まるよう頼み込んでいると、耳元で軽快なチャイム音が鳴り、目の前に半透明な板が出現した。
そこには光る黒文字がつづられていた。
【運命の選択】
A、フィンの殺害を許可する……[3]・3P
B、フィンに殺すのをやめるよう説得する……[3]・3P
C、もう、いいんだ。いっそ俺を殺してくれ!……[0]・20P
なんだこれ?
俺は呆然とするしかなかった。