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ななつあめ

今日も明日も明後日も。

昨日も一昨日も先一昨日も。


私はきっと保健室に通うのだろう。

通い続けるのだろう。





「吉津音先生?」


保健室の扉を少しだけ開けそろりと中を覗き込む。しんと静まり返った保健室に吉津音先生はいないようだ。


よし。


「……ふぁぁ」


口に手をあて私は欠伸。

今日は一段と眠い。まぁ、いつも眠いことに変わりはないんだけど。

誰もいない保健室に入り扉をピシャリと閉める。そしていつものようにそのままベッドまで迷うことなく直行。何のため?眠るためだ。

だが今日はそのベッドの上には既に先客がいて、そのベッドを我が物顔で陣取っていた。陣取っているのは、吉津音先生が無断でここで飼っているペット。狐の


「二郎」


狐の二郎。

彼がベッドのど真ん中で、ちょこんと行儀よくお座わりしてこちらを見ていたのだ。

くりっ、とした丸い目に長い髭がひくりと動き尻尾がゆらりと右に揺れる。ふさふさの体毛は、触ると陽の匂いがしてとても気持ち良い。

そんな二郎がベッドの上から私をじっと見る。


「じろー、そんな所にいたら私が眠れないじゃん」


身動きもせずベッドの上から私をじっと見てくる二郎にそう文句を言ってみるが、悲しきかな二郎はそこから微動だにしなかった。もしやお主、吉津音先生の回し者か。


「二郎、私眠いんだ。一時間でいいからさ、寝かせてよ。お願い」


お願いします、と私は二郎に向かって合掌する。だが二郎はやはり動かない。何だか今日は嫌に強情である。吉津音先生によほど私をここで寝かせないようにと言われているのだろうか。

よもや二郎が吉津音先生に言いくるめられるとは。


「……しょうがない」


退かないなら。

退かすまで。


私はベッドに陣取る二郎をひょいっ、と抱き上げた。


「退かぬなら、退かせてみせよう、ホトトギス」


抱き上げた二郎は大人しく、私は難なく二郎をベッドの上から移動させることに成功した。


のだが。


「…………」


吉津音先生の机の上。

そこに移動させた二郎はやはり無言のままじっと私を見続けていた。

動かない。騒がない。

ただじっと私を見つめ続けている。


もしかして二郎は、嫌に強情なんかじゃなくてただ単に今日は元気がないだけなのだろうか。


「二郎、また吉津音先生と喧嘩した?」

「………」


二郎は目をふいっと剃らせる。

図星、なのかただただ目を剃らせただけなのか。


こんなときふと思う事がある。

狐の二郎と話をする事ができれば、簡単に問題を解決する事ができるのにな、と。

二郎の言葉が分かれば話し合える。

二郎の気持ちを。二郎の考えを。二郎の不満を。


「……ドラ●もーん」


私は未来の、まだ現代では存在していない猫型ロボットに助けを求める。私は眼鏡をかけた駄目っ子小学生ではないけれど。もしかしたらタイムマシンで私を助けにきてくれるかもしれない。


こんにゃく食べたいです。

とりあえず私、こんにゃく食べたいです。お願いします。こんにゃく下さい。


だが、助けを求めてみた所で猫型ロボットはここには現れてはくれないし、吉津音先生の仕事机の引き出しからひょこっ、と現れて「だいじょうぶかい、●●くん」とは言ってはくれない。

きっと、あの青色のだるま姿の彼は駄目っ子小学生の所にしか現れないのだ。けちだから。


私は仕方がなく二郎の頭を撫でてから「おやすみー」と言ってそのままベッドに足を向けた。欠伸。

吉津音先生がいつ帰ってくるか分からない今のこの状況でこの時間がどれだけ私にとって貴重か、私はよく知っている。

だから早くベッドに入り眠らなくては。

貪れるだけ睡眠を貪らなければ。

今のうちに。


二郎には悪いけれど、二郎と吉津音先生の喧嘩の仲裁は吉津音先生が帰ってきてからにしよう。

私がベッドに上がり込み、さぁ寝ようと布団に潜りベッド周りのカーテンを引こうとした所で私は机の上にいる二郎と目があってしまった。


「……二郎」


二郎はやはり私をじっと見るのだ。

その目が何かを訴えているみたいに見えて、私は知らずため息を吐く。

何だか二郎を見捨てた私が悪者みたいではないか。だけど私は眠い。眠いんだよ、二郎。


私はじっと見てくる二郎に手招きする。吉津音先生には確実に後で怒鳴られるだろうが致し方ない。


「二郎、おいで」


その言葉に二郎は初めて体を動かした。身軽に机の上から飛び降りこちらに来てベッドに飛び乗る。

私は布団を捲る。二郎はするりと中に入ってきた。私が横になるとすぐ顔の近くに二郎の顔もあった。

二郎は獣なのに獣臭くはない。太陽の熱に晒された麦のような匂いがする。吉津音先生、何のシャンプーで二郎を洗っているのだろうか。


「二郎、吉津音先生を許してあげてね」


吉津音先生は変わっている。

変わり果てているから些細な事でも大袈裟で。そのくせ心配も人一倍だから。


「二郎。先生がさ怒るのは、それはきっと二郎のためなんだよ」


変わり果てているけれど。

吉津音先生の言うことはいつも誰かを想っての言葉だから。


「吉津音先生が戻ってきたら、仲直りしようね」


私はそれだけ言って眠りについた。

眠気の限界が来たのだ。私は目を瞑る。


そして「あれだけ言ったのにぃぃーっ!!!」と戻ってきた吉津音先生が叫び狂うまで、私は傍らの二郎と一緒に泥のように眠り続けた。






《私と二郎》




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