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いつあめ


ヤバイな。

やっぱ文章が似てきてしまう……。


とある昼休み。


「おじゃましまーす」


私はそう言って保健室の扉を開けた。すると、中にいた仕事机で椅子に座っていた保健室教諭、吉津音先生が顔を歪めて「またですか」と小さく呟いた。


またですかって。


「またですかとは失礼ですね。今日は私、別に寝るために来たわけじゃないんですよ?」

「なっ、…そんな馬鹿な」


え、そこまで驚愕しなくても。


「先生…酷い」


私はしゅん、とした態度を取る。が、吉津音先生は前の時のように慌てて優しくしたりはしない。じっ、と警戒するように視線を鋭くしこちらを遠くから観察する。

そんな吉津音先生に、私は顔を上げる。


「吉津音先生、ガチで酷いっす」

「如月さんはそうやって僕を懐柔して保健室のベッドを独占しようとしますからね。保健室のベッドは生徒皆のものなんです。けして如月さんが睡眠を取るためのものではないのですよ」


吉津音先生は学習したらしい。

何度も同じ手は食わない。

人は失敗を繰り返して成長する生き物なのだ。


「えぇー、別に誰も使わないじゃないですか」


私はてくてくと、吉津音先生の方へと歩きながら口を開く。私が見るに、ここのベッドを使っている生徒など私一人ぐらいだ。だって誰も保健室には来ないから。滅多に保健室に生徒が来ることはないから。鼻眼鏡君は論外。

鼻眼鏡君。

不登校児長月君は、とりあえず今日はいないみたいだ。


「誰も使わなくても、です。それに如月さん。毎回毎回授業中とかに来ますが勉強は大丈夫なのですか?僕はそちらの方が心配ですよ」


別に授業中に限りここに来ているわけではないんだけれど。まぁ、授業中の割合が一番多いんだけどね。

だって眠いんだもん。

眠くなるんだもん。授業中が一番。


「先生の話とか、もはやお経ですよね」

「先生方に失礼です」

「先生の話とか、もはや子守唄ですよね」

「…授業ですよ?」


それに、と私は吉津音先生に得意気に口を開く。


「私、IQ高いので授業に出なくても全然全く問題ナッシングです」


「確かに」と吉津音先生は軽く頷く。


「確かに如月さん、頭はいいと先生方から窺ってはいますが。授業に出なくてもいいぐらい良いのですか?」

「IQ1000000です」

「もはや神なみっ!」


吉津音先生は何でも紳士に受け止めてくれる。そこが吉津音先生の良いところである。


「じゃなくて、授業には出なくていいぐらい頭が良くても学生の本分は勉強なんです。先生の話は聞かなくてはならないんです」

「吉津音先生が先生みたいなことを言うなんてっ…」

「驚きが嘘臭いですよ」

「まぁまぁ」

「だから何故僕が宥められるんですか」


と、まぁ雑談はこの辺りにして。

私は本題に入った。


「先生、これを」


私は手にしていた物を渡した。吉津音先生はソレを受け取り首を傾げる。


「何ですか、これは」

「今日の家庭科の実習で作ったんです。吉津音先生や二郎と食べようと思って」


カップケーキ。


「…ありがとうございます」

「で、吉津音先生、二郎は?」


辺りを見回しても二郎の姿はない。また、何処かへ散歩にでも行っているのだろうか。


「二郎なら…、多分出てます」

「多分て」


曖昧な。


「まさかまた喧嘩を?」


この間の喧嘩は確か解決したはずなのだが。また新たに喧嘩したのだろうか。仲が良いんだか悪いんだか。

分からない二人である。


「喧嘩はしてないですよ。二郎はちょっと…、出てるんです」

「吉津音先生、言ってること変わってない」


喧嘩、だろうか。

吉津音先生の曖昧な言葉からは真意は読み取れない。まぁ、いいんだけれど。


「じゃあ、二郎が戻ってきたらあげてくださいね。全部一人で食べちゃ駄目ですよ」


一緒に昼飯後のデザート、と行きたかったが二郎がいないのでは仕方がない。

私は帰ることにした。


「では、吉津音先生。また昼休み後に」

「それはこの後の授業中にまた来るということですか」

「来るかもしれません」

「許可できません」


吉津音先生はそうはっきりと言った。


「体調不良でもですかー?」

「体調不良なら許可しますが、ただ眠いから来るのは許可できません」

「いつになく冷たいですね」


さすがにやり過ぎただろうか。


「賄賂、気に入りませんでしたか」

「賄賂だったんですかっ?!」


吉津音先生が叫ぶ。


「違いますけど」


賄賂というよりはプレゼント。

プレゼントというよりは差し入れ。

差し入れというよりは持ちより品。


皆で持ちより皆で食べる。

そういう品だ。


「本当は、吉津音先生と二郎とソレ、一緒に食べたかったんですよ。感想とかも聞きたかったし。だけど二郎がいないんじゃ、なんか私が吉津音先生目当てに来るただの女性徒っぽくなるじゃないですか?それはごめん被りたいですし」

「何気に僕、少し傷付きました」


吉津音先生は小さく呟いた。


「なので私はソレを置いて帰るんです。決して賄賂でもなければ前金なんかでもありませんよ」


あわよくば、ぐらいには思っていたが。

あわよくば保健室のベッド使いたい放題。


「では、先生。二郎に宜しく」


私はそう言って保健室を退出しようとしたのだが、後ろから吉津音先生に名前を呼ばれ振り向く。すると吉津音先生は真面目な顔で、「如月さんは『くずのはの伝説』を知っていますか?」と聞いてきた。


「くずのはの伝説、ですか?」


くずのは?

葉っぱ?

食べ物だろうか。


私が何の話だろうかと考えていると、吉津音先生は答えをくれた。


「安倍晴明、って陰陽師のことは知っていますよね」

「ああ、もしかして」


私はその言葉で思い至る。

くずのは、とは葛の葉。

葛の葉という名前のこと。


「確か安倍晴明の母親って言われてる狐のことですね。何かで聞いたことがあります。いや、読んだのかな?」


名だたる陰陽師。安倍晴明。

その母親は狐なのだと歴史上では伝説的に語られている。それは、安倍晴明があまりにも優秀で才逸溢るる人間であり、そして奇妙な力を持っていた人間であったから。本当ななか嘘なのか。

とにかく有名な話である。


「その葛の葉の伝説がどうかしたんですか?」

「……いえ、聞いてみただけです」


聞いてみただけって。

特に何も理由すらないのなら『聞く』ことすら人はしない。

だけど聞いてみただけ、と言葉にする人はその聞いてみた事柄について何か深く思うところがあるのだ。

それについて何かを考えているから、何かがあるから誰か他人に対して口を開いて言葉にする。文にする。文字にする。


吉津音先生が『葛の葉の伝説』について、言葉にして出してしまいたいほど何か考えているのは分かった。


「分かりました」


分かったけれど。

私は首を突っ込んで話を聞くべきなのだろうか。


それは分からなかった。



《葛の葉の伝説》


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