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みつあめ

今日は曇り。

今日は水曜日。

ただ今時刻は午前十時前。


「今日は今から職員会議ぃーっ、と」


第一高校高等部『保健室』前。

私は意気揚々とがらりとその扉を開けた。




そして叫んだ。





「吉津音先生がいるっ!!!」

「いますよ。ええ、いますよ。僕は保健教諭ですから。保健室にいて当たり前じゃないですか」


吉津音先生は座っていた椅子をくるりと回して扉近くにいた私と視線を合わせ向かい合う。


いないと思っていたのに。

というか、いるはずがないのに。


「どうしているんですかっ。もしかしてついにハブられましたかっ?」


今日は確か十時から緊急職員会議があったはずだ。それに伴い私のクラスは先生不在。授業は自習。やったねラッキー。私、今日はついてるよ。

チャンスとばかりに教室を抜け出して来た私は意気揚々と保健室の扉を開けた。そしたら中には吉津音先生の姿。

ありえん。

職員会議なのだから吉津音先生も会議に出なくではならないはずではないのか。


「酷いっ、いくら吉津音先生が少しばかり変わっているからってハブるだなんてっ!私、抗議してきます!!」


酷すぎる。

いくら吉津音先生がまだ新任だからって。

酷すぎる。

吉津音先生が言えないなら、私が言わねば誰が言う。私は回れ右して走り出す。


「ちょ、まぁぁっ!!如月さんっ、誤解です誤解です誤解ですっ!!僕はハブられてなんかいませんよっ!」


走り出した私を吉津音先生は慌てて引き止めた。保健室内に引っ張り込まれる。


「今日の緊急職員会議は僕には関係のない事案だったのでいなくてもいいと言われただけですから」

「いなくてもいい。いなくていい。いるな。寧ろいるな。寧ろ存在するな。消滅しろ。消えろ。消えてくれ。ハブっ!!」

「……ネガティブ?」



なんやかんやあって。


「如月さん、まさかまた寝に来たんじゃないでしょうね」とベッドへと向かう私に、吉津音先生は眉間に皺を寄せじっと視線を送ってくる。そんな吉津音先生に、私は「はい」と素直に頷く。


「先生、眠いんです。私」

「ちゃんと家で寝るようにと言ったはずじゃないですか」

「まぁまぁ」

「何故そこで僕が宥められるんですか」


そんなことより、と私はいそいそとベッドに潜り込みながら吉津音先生に尋ねる。


「先生、二郎はどうしたんですか?」


姿の見えない狐の二郎。

何処にいるのか。


「ナチュラルにベッドに……。二郎は出掛けています」


吉津音先生はため息を吐きつつそう言った。


「出掛け?」


散歩だろうか。

もはや野良猫のようだ。

狐なのに。


私は上半身を起こしたまま下半身だけ布団の中に入れる。そうしてから吉津音先生をまた仰ぎ見て口を開く。


「大丈夫なんですか?外を一人で出歩いたりして」


猫なら放っといてくれるだろうが、狐となったらさすがに誰かに見られでもしたら通報されてしまうのではないだろうか。

河で見つかったたまちゃんや、住宅街で見つかったことちゃんみたいに、迷い狐あらわる、みたいな。

テレビに映っちゃいそうだ。


だが、吉津音先生は「二郎は大丈夫ですよ」と何の心配も無さそうに言った。逆に何かあって欲しいみたいな、そんな感じの表情にも見えたから不思議だ。


そんな吉津音先生に、私はついでとばかりにさらに質問をぶつける。


「吉津音先生、二郎は元の場所に返さないのですか?」


元いた場所。

まぁ、どこで拾ってきたのか私は知らないのだが二郎は野生の狐だったのだろう。なら動物園やペットショップに引き渡すよりは、元いた場所である野生に返してやった方がいい。


「確か怪我してたから保護した、って言ってましたよね?」

「はい、まぁ、そんなような…そんなような」


二郎にはもはや傷など見受けられない。

元気そのもの。

いったいいつまで『保護』し続けるのか。


「僕は戻したいですし、戻って欲しいと願っているのですが…、二郎本人がどうにも」


どうやら二郎本人の問題らしい。

もしや二郎が吉津音先生に馴つきすぎてしまっていて、側から離れてくれないのだろうか。野生に戻そうとしても戻ってくるのだろうか?


「大変ですね、先生も」

「本当に」


はは、と疲れた顔で笑う吉津音先生。

心労で倒れてしまわないか心配だ。


「先生、長生きしないと駄目ですよ?」

「どういう意味ですか」

「言ったまんまの意味です」

「……それより如月さん。二郎のことなんですが」

「誰にも喋ってないですよ」


二郎の存在を知ったとき、吉津音先生にはこう言われていた。


『二郎のことは他言無用』


その言葉通り、二郎のことを私は一切誰にも話してはいない。騒がれると不味いからと吉津音先生に口止めされていた通りお口にチャックしていたのだ。

誉めて褒めて。


だが、どうやらその件ではなかったらしい。


「あ、いえ、そうじゃなく…。如月さん、二郎の前ではあまり気を緩めないで下さいね」

「………?」


吉津音先生の言っている意味がわからず、私は首を傾げる。だが、吉津音先生は真面目顔のまま話を続けた。


「二郎は本当に如月さんの事を気に入ってしまっています。気に入りすぎてしまっているんです。このままだと最悪の事態になりかねないほどなんです」

「最悪の事態って何ですか?」


狐に気に入られると何か不味い事でも起きてしまうのだろうか。

化かされる、とか?

だけど吉津音先生はもっと突拍子もないことを言ってのけた。


「最悪、嫁にされてしまいます」

「………」


よめ。


「だから二郎の前で今後はあまり不用意な発言はしないで下さいね」

「……はい」


と、返事はしたものの。


吉津音先生の可笑しな発言は、私をポカンとさせるのには十分な効力を発揮した。

これだから生徒からはあまり支持もされなければ期待もされていないような、そんな関わりを避けたくなるような位置付けにされてしまうのだ。

まぁ、中には私のようにそんな吉津音先生がツボの生徒もいたりはするのだが。


それにしても嫁、って。


「吉津音先生。実はジ●リファンですか?」

「ジ●リですか?まぁ、好きですがファンと言われると語弊があるような気がしますね」


考えるように口許に手をやる吉津音先生に、最近何か見ましたかー?と私が聞くと、吉津音先生は「猫の●返し」と答えてくれた。


「テレビで再放送がやってたので。ちなみに次週は魔女の●●便みたいですよ」

「吉津音先生、本当はジ●リファンでしょ」


再放送、見ちゃうの?


吉津音先生は楽しみですねと笑って言った。




《嫁になんてならないにゃんにゃん》


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