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『ねぇ、いい加減戻ってきなさいよ』
一歩踏み出した伽羅の姿をした別のものが、そう言って笑う。
けれどその笑い方は酷く歪んでいて、普通ではありえなかった。
『どうして貴方がそっちにいるわけ? 作って使い捨てにするような人間の味方、どうしてするわけ? 全部壊しましょうよ。貴方とあたしが組めば、人間なんかすぐに滅ぼせるわ』
蘇芳を捉える様なその瞳は、けれど蘇芳を通り越していた。
彼女の瞳に映っているのは、蘇芳の中の白銀だけだ。
『御免だ』
「兎さん?」
『俺はもう、いい加減ゆっくり眠りたいんだよ』
『なんとか言いなさいよ!』
耳をすませていた蘇芳に、焦れたように金華猫が喚く。
蘇芳の中の白銀の声は、どうやら届かないらしい。
金華猫の振り回した腕に当たった机が、窓際に倒れた鈍の傍に飛んだ。
「兎さんは、貴女とは組みません」
『はぁ? 入れ物の人間ごときが偉そうに!』
伸びてきた手を躱して、蘇芳は身体を低くして足を払う。
けれどそれを予想していたらしい金華猫は、さっと避けると、身体の反動のままに椅子を掴んで振り回した。
「っ」
手近にあった椅子で蘇芳が慌てて頭を庇うと、金華猫はさっさと椅子を離して意識が追いついていなかった蘇芳の胴を蹴り飛ばす。
「ぐっ」
受け切れず、蘇芳は背中から机の山にぶつかった。
衝撃が身体を伝って、蘇芳は顔を歪める。
それを冷ややかに見下ろして、金華猫は吐き捨てた。
『あたしはねぇ、もういい加減その場凌ぎの対応にはうんざりよ。いつ消されるのかびくびくして生きるなんて御免だわ。だから、』
金華猫が思い切り足を振り下ろす。
「っ!?」
「ぐう!」
「っっ」
床から唐突に伝わった痺れが蘇芳の身体を走った。
けれどそれを考えるより早く、蘇芳の耳に届いたのは露草のうめき声。
「露草!?」
いつの間にか、金華猫は露草のすぐそばにいて、床に崩れ落ちた露草の首をその手で掴んで持ち上げた。
『簡単なことよね。いくらあいつそのものが倒せなくても、入るための器を全滅させちゃえばいいんだわ』




