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上手く頭が回らない。
露草は電話を手にして、鴇に続いて応接室を飛び出した。
『昼間から、なんだ。そもそも今は授ぎ』
「良いから黙って聞きなよ! こっちは混乱してるんだよ!」
電話口に喚くと、異変を察したのか木路蝋は黙り込む。
それをいいことに、露草は現状をまくし立てた。
本当は、連絡なんてする気はなかったのに。
あの時の蘇芳があまりに必死だったから、気付けばダイアルしていた。
『持ちこたえろ。すぐ行く』
露草の言葉が途切れたところに滑り込むように紡いで、木路蝋は電話口でそう告げる。
あまりにも冷静すぎる様子に、逆に露草は舌打ちしたくなった。
解っている。
こういう冷静沈着なところが、木路蝋が当主として器の大きいところなのだ。
頼りがいがある、と思わず思ってしまうような。
一人意気消沈した露草に気づかなかったように、電話口から声が零れる。
『お前は、今のところは平気だな』
「僕はね。でも、蘇芳が」
『どうした』
「突然飛び出して。今追いかけてる」
一瞬の沈黙があって、お前は行くな。ひやりと首筋に氷を押し当てられたような声がした。
「行くなって」
『お前は行くな。安全な場所を探して、そこにいろ』
「馬鹿じゃないの!? そんなことできるわけないだろ」
反射的に言い返して電話を切ると、少し先を走る鴇が心配そうに振り返る。
「大丈夫かい?」
「人手は頼んだから」
「そうか。それにしても、一体どちらに行ったんだろうね」
突き当たった階段に、鴇が足を止めた。
学校全体が妙な感じだ。
先ほどから、露草は何度も意識の中にいるはずの織に呼びかけ続けている。
昨日の今日で、なおかつ学校という場では、なかなか難しいのかもしれないが、此処で働かなくていつ働くのだ。
「まず、一階から」
「二手に別れた方が効率がいいだろ」
「良いのかい?」
心配そうな鴇に頷いて、露草は階段に足をかけた。
「これを」
「なにさ、これ」
さしだされたのは手のひらサイズの人型の紙切れで、鴇はそれを露草に押しつける。
「何かあったら、さっと撫でてくれればいい。気を付けて」
「あんたもね」
その教室にたどり着いた露草が見たのは、嵐の痕のように錯乱した机と椅子。
そして、窓際に立つ男とその前に力なく倒れた二人の少女。
そして、我を失ったように少女に駆け寄る蘇芳の姿だった。




