007
木路蝋の不機嫌な言葉に、隣で露草が剣呑に眉を顰める。
「ちょっと、好い加減この娘を顎で使うの止めなよね」
「お前には関係ない」
「はぁ?」
「当主は俺で、夢獣に関する権限は俺にある」
「言っとくけど、僕は従兄弟に文句を言ってるんだ。当主に諫言してるわけじゃない」
「聞き入れるつもりはない。そもそも、俺にとってそれは式だが、お前にとっては何だ?それこそ、関係ないものだと思うがな」
唐突に立ち上がった露草が、木路蝋の合わせを掴みあげた。
「手を離せ」
「好い加減にしなよ! 蘇芳は人間で、僕の幼馴染みだ」
露草の叫んだ言葉に驚いたのは、多分蘇芳だけではなかったと思う。
一瞬虚を突かれた顔をした木路蝋は、すぐさま不遜に笑った。
「そうか。だが、お前の厄介な能力の犠牲だって自覚はないわけか」
「っ」
「失礼します」
二人の間に割り込んだ蘇芳は、殴り掛かりそうな露草の手を止めて、合わせを掴んだままの手を絡めて外す。
「なにす」
「露草が手を出してはダメです」
言葉につまった露草から視線を外し、蘇芳は衿を整える木路蝋を振り返って、無造作にその頭をぺしんと叩いた。
「腹が立ちますから、勝手に人を犠牲にしないでください」
「ちょっと!」
自分のことは棚にあげて慌てた露草に、蘇芳は心配ないとにっこり笑う。
「腹が立ってるのは俺の方だ」
「解ってますよ。木路蝋さんが式にしたかった兎さんを食べちゃったからですよね。だからいつも、機嫌取ってるじゃないですか」
あっさり答えると、木路蝋はうんざりしたようにため息をついた。
「一々気に食わないな、お前」
「木路蝋さんに好かれても良いことないですから」
「だったら、お前の大事な露草のためにさっさと働け」
「それは、勿論です」
「ちょっと、どういうことなのさ!」
話に取り残されていた露草が、自身の名に反応して声を荒げる。
くるんと振り返った蘇芳は露草を見つめてにこりと笑った。
「大丈夫です。露草は私が護ります」
「はぁ?」
「露草が聞いたんですよ。何のために転校してきたのか。露草の護衛だからです」
「そういうことだ。夢獣の能力が上がる夜は特に、お前の体質の影響から外出は禁止していたが、それが同行なら許可する」
「馬鹿じゃないの? どうして、この娘が僕の護衛な訳? 冗談じゃないよ!」
「冗談? 当初の目的通り、お前の護衛にしただけだ。なんの問題もないはずだが?」
「大有りだよ! 僕は認めないからね!」
音を立てて襖を開け放つと、露草は足音荒く部屋を出ていく。
「餓鬼だな」
呆れたように視線を投げて、唐突に木路蝋は真顔に戻った。
「それで? 学校の方はどうだ」
「気配だけはありました。正確な姿は掴めてませんが、上級以上ですね」
「そうか」
「候補が何人かいますから、明日以降接触してみます」
「言っておくが、露草を連れていくなよ」
「当たり前です。先程の発言で、私が四六時中一緒にいることを良く思わなくなったと思いますので、別行動は取りやすいと思います」
「さっさとはっきりさせろ」
「了解しました」
「おい」
ぴょこんと頭をさげて部屋を出ていきかけると、不意に呼びとめられる。
「はい?」
「一応、機嫌取っておけ」
それが指す人物を理解して、蘇芳は微かに苦笑した。