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「あ、お前!」
何処からか聞き覚えのある声が耳朶をうって、はっと我に返った蘇芳の目の前に、仁王立ちする美人が一人。
「風紀委員長、さん」
反射的に身を固くした蘇芳に、萌葱はあっさりと距離を詰めてぱちんと額を指ではじいた。
「っ!?」
「こら。萌葱だって名乗ったろ」
あんまりにも拍子抜けするような台詞に肩の力が抜けて、蘇芳は思わず唇を尖らせる。
「私も、名乗りましたけど」
「解ってるよ、蘇芳だろ」
特に構えた様子もない萌葱に、蘇芳は僅かに目を細めた。
昨日のあの場で、夢獣の視線を感じたのは確かだ。
けれどまだ、それが誰かは解らない。
可能性として鈍が高いと思っていただけで、証拠もなければ、萌葱だって対象の一人ではあるのだ。
「ちょっと、今いいか? 直ぐ済む」
断ることもできなくて、蘇芳は促されるままに中庭に出た。
中庭は太陽の光が落ちているだけで誰もいない。
校舎から少し離れた木の下で、萌葱は唐突に立ち止まった。
「なぁ、昨日のことだけどな」
振り返った萌葱は、いつになく真剣な表情で、その視線の先が帽子に注がれていることに気づいて、蘇芳は僅かに身構える。
夢獣に対応する術は、まずは気をしっかり持つこと。
それから、兎耳を意識して相手の力を弾くように身体を流れる力の形を変えることだ。
祓う術を持たない以上、蘇芳に出来るのは印をつけて散らすこと。
効果的に散らすことができれば、一時的に夢獣使いと夢獣の使役の鎖を一時的にばらばらにして、操作不能に陥らせることができる。
それから、印を頼りに、あとから祓い手に祓ってもらうことになるのだ。
ただ緊張したように、萌葱の次の言葉の行方を図っている蘇芳に、何を思ったのか、萌葱が不意に相好を崩した。
「なんだよ、そんな怖い顔すんな。ただな、お前が思ってるほど、傷深くないんじゃねぇかと思っただけだ」
「え?」
張りつめすぎた糸のせいで、萌葱の言葉の意味を捉えるのに随分と時間がかかった。




