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「尾花さん」
「なあに?」
「あの、その話露草には」
言葉を躊躇うと、振り返った尾花はくすりと笑う。
「大丈夫言わないわよ。まったく、蘇芳ちゃんも、露草君が大切なのね」
「も?」
「木路蝋からも釘を刺されてるの。露草君には言うなって」
「そうですか」
「そ。まぁ、脅かしちゃったけど、今日は備えるためにも、ゆっくり寝てね」
尾花はひらひらと手を振って廊下の向こうに消えた。
「と、ちょっと」
「あ、はい。なんでしょう?」
いつの間にか、ぼんやりしていたらしい。
赤信号で止まった車に、蘇芳は隣に座る露草を振り返る。
「よく、この運転で寝てられるね」
信じられないというように呟く露草の顔色はあまりよろしくない。
朝も早く空いた道は、ある種木路蝋の独壇場だった。
「枕が変わって、あまりよく眠れなかったものですから」
「そんな繊細な神経してるとは到底思えないけど」
「おい、お前達、解ってると思うが、帰っても昨日の話は口にするなよ」
唐突に投げられた言葉に、露草が訝しげに眉を顰める。
「どうしてさ?」
「いくら俺が当主でも、あの家の人間全ての内情は掴み切れてないからな。どこにでも、古い考え方から抜けられない人間はいる」
「じゃああんたは、全部終わってから提示するつもりな訳?」
「あぁ。その方が面倒くさくない」
「十中八九、ていうか間違いなく『どうして話してくれなかったんだ』って非難を受ける羽目になると思うけど?」
「非難くらい受けてやるさ。全てが滞りなく終わったらな」
「あ、そ」
もうすっかり意志を固めているらしい物言いに、露草は諦めたようにため息をついた。
無意識に帽子の上から兎耳に触れて、蘇芳は誰にも届かない様に息をつく。
キキィとブレーキの音も高らかに裏門の前に横付けされた車に、露草がさっさと席を立った。
それに続こうと鞄を掴んだ蘇芳の腕を不意に、木路蝋が掴む。
「あの、」
「事情が変わった。お前の写真の件は、木賊に調べさせていたが、検討をつける前に陣の作業に入る羽目になったからな。自分で何とかしろ」
「言われなくても」
木路蝋に見せられたあの兎耳の写真を思い浮かべて、蘇芳はぴしゃりと言い放った。




