060
「ちょっと待ちなよ!」
蘇芳と露草はずかずかと廊下を歩いていく木路蝋の背中を追うが、少しも足を緩めようとはせずにさっさと玄関を開けて外に出て行ってしまう。
部屋に入るまでのあの気持ちの悪さは、思った通りすっかり鳴りを潜めていた。
すっかり暗くなった外に、露草が若干尻込みしたが、蘇芳はすぐさまその手を握る。
「この敷地内は、大丈夫ですよ」
「解ってる。もう、反射だよ」
苦々しげに呟いて、露草はため息を零すと靴をつっかけて木路蝋を追った。
相変わらず玄関の前にでんと横付けされた車はそのままで、運転席の木路蝋が、早くしろよと無言の催促の視線を向ける。
「何急いでるわけ?」
後部座席の扉を開けながら尋ねた露草に、木路蝋の呆れたような視線が向いた。
「問題があるとすれば、お前だ」
「どういう意味さ」
「お前の体質が改善されたわけじゃないってことだよ」
「ちょっと、木路蝋」
蘇芳が乗り込む前に、助手席の窓をこつんと尾花が叩く。
「なんだよ」
「泊まってきなさいよ。明日の朝帰った方が良いって」
「は?」
「御神託」
ひらひらと尾花が振ったのは、細長い短冊だったが、珍しくたったそれだけのことで、木路蝋は言い負かされたように思い切り溜息をつくと、シートベルトを外して車を降りた。
「え、ちょっと」
「明日、一度家によって学校に送ってやるよ」
さっさと玄関の中に取って返した木路蝋に訳が分からずにいると、尾花が小さく笑う。
「御神託って、御祖父ちゃんの御達しなの。元裏当主ね。木路蝋とは、まぁ飲み友達かな」
「元?」
「そ。今は、木賊に譲ったからね」
「あの人が裏当主?」
基本温度の低そうな言葉使いを思い出したのか、車を降りて露草が僅かに眉を顰めた。
「そう。意外?」
「言われてみれば、なるほどって感じだけど」
確かに、織とまともに言葉を交わしていたのは、思えばあの人だったと蘇芳は今さらながらに思う。
さくさくと玄関の鍵を閉めて、尾花は上り框の二人を振り返る。
「あ、十文」
「やぁ。御神託が下って帰れなくなったって?」
奥の間からやってきた十文が、何処か楽しそうに笑ってそれから露草の腕を取った。
「折角だから、朝までゆっくり話でもしようか。我が義弟」
「は?」
「じゃあ、よろしく。蘇芳ちゃんは、私が案内するから」
この家の中ならば、離れても大丈夫だろう。
ぐいぐいと腕を引かれながら、蘇芳は露草に微かに笑ってから、尾花の後についていく。
「ねぇ、蘇芳ちゃん」
「はい」
案内された部屋の前で、襖に手をかけたまま振り返らずに尾花が僅かに固い声で名を呼んだ。
「陣を張るのに、時間がかかるのは聞いた?」
「はい。二週間くらいだと」
「その間、十分気を付けて。特に、学校にいるかもしれない、夢獣使いには」
余りにいろいろなことを聞かされすぎて、いつの間にか頭の隅に追いやられていた当初の問題に、蘇芳ははっと気づいて唇を噛む。
そう。
その為に強くなりたいと思ったのに、予想外の事が多すぎて、思ったよりすっかり頭はパニック状態だったらしい。
「少なくとも、その夢獣使いが、これからも夢獣を使役したいと考えているのなら、織様が憑いている露草君の存在を邪魔に思うはずだから」
「露草は、絶対に護ります」
「うん。だからその為にも、敵を把握しておいた方が良いわ」
振り返った尾花に、蘇芳は小さく頷いた。




