057*
「さて、そちらは話がついたようじゃの。こちらは、どうするかの?」
閉じた扇の先は、露草の目の前でぴたりと止まる。
けれどそんな挑発にも動じずに、露草は織の向こうの木路蝋を見遣った。
『馬鹿当主、あんた本当に良いわけ?』
唐突な言葉に、木路蝋は面喰ったように瞬いたが、すぐにふっと不敵に笑う。
ただ、露草は知りたかっただけだ。
この、権力を愛しているような従兄弟が、本当にそれを捨て去るつもりなのかを。
「誰に物を言っている?」
『夢獣がいなくなるってことは、一族の拠り所が無くなるってことだ。少なくとも、当主なんて肩書は、在ってないものになるわけだろ』
「要らぬ心配だぞ、我が義弟。少なくとも、木路蝋はそんな無駄な肩書に執着しないさ」
「木路蝋がこの肩書きが欲しかったのは、終らせたかったからだしね」
「細かいところは省くけど、そういうこと」
『はぁ?』
あっさりと木路蝋以外の三人に否定されて、声を上げた露草に、木路蝋はただ肩を竦めて見せた。
「残念ながら過去の当主には終わらせる気がなくてのぅ。危うく禁書も燃やされるところじゃったわ」
「燃や、され?」
驚いたような蘇芳に、織は氏神らしからぬ様子でけらけらと笑う。
「過去の栄華から抜けられぬ人間は多いものよ。ずっと燃えている火を一息に消すのは、難しいということかの。その暖かさに慣れてしまえば、火のない生活は出来ぬということじゃ。わしも、適当な人間に憑きはしても、その人間がやる気になってくれなくては、どうしようもなくての。ようやっと話の解りそうな一族の人間が見つかったわけじゃ」
「押し上げるのには苦労したけど、当主なんて」
『どういう意味さ?』
面倒くさそうに溜息をついた木賊の言葉の意味が解らずに、露草は思わず声を上げていた。
『少なくとも僕は、あんたを知らない。あの家で、あんたを見たことはないよ』
「当然だけど、分家だから」
あっさりと頷いた木賊の後をうけて、尾花が口を開く。
「木賊とあたし、それに十文は早くに分かれた分家。この禁書を記した男の末裔なのよ」
「そ。ま、分家っていうより、裏って感じかな。我が義弟。で、分家ついでに、氏神様の祝でもあるわけ」
『はふり?』
説明を求めるように露草が視線を投げると、十文が指を立てた。
「我が義弟は、織様の存在を知らなかっただろ? 同じように元は木路蝋も知らなかった。当主率いる宗家の人間は、禁書同様織様の存在を知らないんだ」
「宗家は、ずっと夢獣を消すなんてことを認めようとしなかったのね。だから、ひっそりと分家が織様と禁書を護ってきたの。いざというときに、動けるように」
尾花の視線が木賊に動いて、それを受けた木賊が少しだけ面倒くさそうに目を細めてぴたりと座敷を指さす。
「だから、織様の入れ物の君は此処に馴染む。だから、織様は此処でなら君から一瞬離れて半実体化できる」
「そういうことだの。元は全てこの地から始まったのじゃ」
開いた扇で口元を隠して、けれど織は確かに笑っていた。




