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すでに木路蝋の姿は三和土の上にはない。
後ろで玄関を閉めた女性を振り返って、蘇芳は靴を脱がないままに口を開いた。
「あの、」
「あ、其処のスリッパ履いてちょうだいね」
「いえ、そうでなくて」
「あんた、何なの?」
訝しげな露草の問いに、彼女はこちらを振り返って、それから呆れたように目を細める。
「まさかあの馬鹿、何も説明してないの? 本当あり得ないわ」
思い切り溜息を零して、取り敢えず、と彼女は靴を脱ぐよう促す。
「あたしは、尾花よ。あいつは多分奥座敷。そこで、あたしとあいつの関係も、全部説明させるから」
先に立って案内する尾花の後ろをついて歩きながら、蘇芳はざわざわと背中の毛が逆立つような感覚を覚えて知らず右手が帽子を掴んでいた。
これは、広いせいだけではない。
いたるところに、視線があるような気がする。
帽子を被っていてなお、兎耳が反応するように揺れているのが解るのだ。
「顔色悪いんだけど」
不意に左手を掴まれて、驚いて顔をあげると露草が横を歩いていた。
「露草は、平気ですか?」
「視線は感じるけど、僕は嫌な感じはしないね」
「そうですか」
誤魔化すように笑うと、途端に露草が嫌そうに目を細める。
「あの馬鹿当主がいたら、蹴飛ばしていいよ」
「それは、ちょっと」
「それなら僕がやるよ」
憮然としたように呟いて、露草が正面の襖を睨んだ。




