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「蘇芳さーん? 大丈夫ー?」
不意に頭の上から降ってきた眠そうな声は、蘇芳を正気に戻すのには十分だった。
「あーぁ、集られてるー。重そーだねぇ」
塵でも払うように周囲をぱたぱたと巡る掌は小さい。
顔を上げた蘇芳を見て、山吹が相変わらず眠そうな顔でへにょへにょと笑った。
「や、まぶきさん。どうして」
「えー? ずっとここで寝てたよ? 気づいたら、蘇芳さんがへばってたから、どーしたのかなーって」
ちょこんと視線を合わせるようにしゃがみ込んで、山吹は背負っていた鞄を下ろして、ペットボトルを差し出す。
「飲んでいーよ。あとねぇ、確か此処に、」
ごそごそと鞄を弄って、山吹は蘇芳の前にお菓子を並べた。
「食べたいの、ある?」
「いえ、その」
「睡眠と食欲は、我慢しないほーが良いよ。いくらきゅーちに陥ってもね」
それはへにょへにょと相変わらずな笑いなのに、その瞳の奥にきらりと光った意志は、ふと蘇芳を我に返す。
「窮地、ですか」
「うん。元気ない時は、必須だよー」
「ありがとうございます」
「お勧めの、これあげるね」
蘇芳の手にチョコレートを押しつけると、山吹はのんびりと立ち上がった。鞄を背負い直して、思い出したように口を開く。
「今日は、露草君と一緒じゃないんだねー」
「慣れて来たら、別行動もしますよ」
「ふうん。露草君、蘇芳さんが来てから楽しそーで、この間の時、良かったなぁって思ったんだー」
「楽しそう、ですか」
「うん。夏休み前まではさー、つまんなそーに学校来てたんだよねー」
欠伸を零して、山吹は驚く蘇芳を見下ろしてへにゃりと笑った。




