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ぱさりと地面に帽子が落ちる。
兎耳に風を感じた。
思考が追いついていかなくて、蘇芳はぼんやりと落ちた帽子を眺めて、それからはっとしてそれに飛びつく。
誰かが何かを叫ぶような声が聞こえたが、蘇芳は帽子を引っ被るとそれこそ脱兎の如く駆けだしていた。
何かを考えた訳ではない。
ただ、此処にいてはいけない。
其れだけが頭を廻っていた。
「(手の内を晒すなんて、馬鹿ですか)」
確かに、視線を感じた。
エンジン全開の、突き刺さるような視線。
確かにあの中に、夢獣を連れた者がいたはずなのだ。
兎耳は一瞬だけ感じた外気の中に、慣れた空気を見つけたらしいが、今の蘇芳にはそれを冷静に判断するだけの余裕がない。
「(どうしよう)」
一瞬頭をよぎったのは、露草と木路蝋の顔。
誰もいない教室に飛び込んで、蘇芳は後ろ手で扉を閉めるとずるずると背中をもたせて座り込む。
「どう、しましょう」
逃げてきてしまった。
逃げてはいけなかったのに。
誰が、脅威なのかを突き止めなければいけなかった。
そうでなければ、露草の所にも戻れない。
蘇芳が露草の傍にいれば、脅威を招いてしまう。
でも、傍にいなければ、護ることもできない。
蘇芳が兎を食べたあと、もともと崩れかけていた家は完全に形を失った。
蘇芳にも木路蝋にも話してはいないが、蘇芳の父の実家は、ある筋の憑代の家系だったそうだ。
多分調べても解らない。
表舞台から完全に抹消された存在だからだ。
それに何より、蘇芳の父として登録されている現在の父は養父であり、本当の父の存在はどこにも残ってはいない。
だから、蘇芳が知っているのは、この家の誰にも望まれた存在ではなかったということだ。
悪しき様に罵る祖母。
憎悪を湛えた瞳を向ける母。
手を上げ続ける父。
拒絶し、泣き叫ぶ妹。
部屋に籠って静かにしている以外に、蘇芳が其処にいる術はなかった。
もともと、誰にも見つけられない存在。
そんな風に部屋に閉じこもってぼんやりと外を眺めていた蘇芳を見つけてくれたのが、露草だった。
だから、どうしても露草を護りたかった。
それでも、帽子がなければ、蘇芳は世界が怖かった。
帽子を被って静かにしている間は何も起こらないことを、蘇芳は知っていた。
僧侶を名乗る人間に追い回されることも。
神父を名乗る人間に、耳を掴みあげられることも。
祈祷師を名乗る人間に、ぼろぼろにされることも。
「どうしよう」
護りたいのは露草のはずなのに。
がくがくと震える身体を押さえて、蘇芳は嗚咽を飲み込んだ。
本当は知っている。
本当に蘇芳が守ろうとしているのは、蘇芳を見てくれる人だ。
露草を護りたいのに、それは蘇芳自身を護りたいことに繋がる。
浅ましい。
ぱたぱたと床に落ちる涙に、蘇芳は唇を噛みしめた。




