023
声が聞こえない。
蘇芳は周りの状況を見回して小さくため息をついた。
どう見たって惨状という言葉がぴったりくる。
そうはいっても、死屍累々という訳ではない。
部屋中にごろごろ転がっているのは空の酒瓶だけだ。
酒の入った大人たちは一向に潰れる様子もなく、酒を消費し続けていた。
声が聞こえないのは、静かだからではないのだ。
煩すぎて聞き取れないのである。
襖をあけ放った二室は旅館の宴会場の体をなしていて、30名近い大人たちが思い思いに座っていた。
つい先ほどの木路蝋の挨拶までは、きちんと格式ばって座っていたはずなのに、今はそれぞれの話に夢中だ。
露草は木路蝋の輪の中に引きこまれているし、今様は木路蝋の妻と知らない親戚筋の女性を相手取って意見をぶちまけている。
露草の母親と父親は比較的穏やかそうなグルーブで飲み比べをしているようだ。
取り敢えず蘇芳は、膝の上で帽子を握りしめて借りてきた猫のように大人しくしている。
「あぁ、ついでに今日はゲストがいる。それだ」
終わりかと思った木路蝋の挨拶に蘇芳が気を抜いた瞬間、部屋中の視線が一斉にこちらを向いた。
それ以上何も言わない木路蝋に、向かいで露草が立ち上がろうとするのを制して、蘇芳は仕方なく立ち上がって頭を下げる。
「始めまして」
「なんです、当主。この娘は」
「御前で帽子も取らないとは礼儀のなっていない子どもですね」
「見たところ、露草君と同じくらいの年のようですが」
勝手な言葉が飛び交う中を、ふいに誰かが音を立てて玄関を開けるとけたたましく廊下をやってきて、襖に手をかけた。
「悪いねェ。遅れちまって」
「あなた、遅かったじゃない」
抗議の声をあげたのは、露草の母で、やって来た人物は、蘇芳にも見覚えがあった。
「父さん」
呆れたような露草に軽くウインクしてみせた彼の視線が、不意に蘇芳で止まる。
「おや。今様だけじゃなく、蘇芳さんも来てたのか。蘇芳さん、最近、兎の様子はどうです?」
彼が無意識に投下した爆弾は、すぐに威力を発揮しなかったが、水面下でじわじわと効いてきていたようで、しんと静まり返った座敷で蘇芳が答えに窮している間に、それは思い切り爆発した。
「兎?」
「まさか、その子どもは」
「本当ですか、当主」
「それなら、耳が」
弾けるように溢れたざわめきに、木路蝋が酷く不機嫌に手を叩く。
「煩い。おい、取り敢えず此処では帽子取ってろ。お前毎祓おうなんて馬鹿は此処にはいないからな」
有無を言わせぬ口調に、蘇芳は小さくため息をついて帽子に手をかけた。
こんなに大勢の前で外すのは久しぶりだ。
周りから一斉に漏れたのは、溜息だったのだろうか。
何一つ気にせずに、清々したというようにぴょんと伸びた耳が、髪の間でのびやかに揺れた。




