022
「ねぇ、蘇芳ちゃん」
台所で忙しく立ち働く露草の母が手を止めないまま、口を開く。
手伝いと称して鍋をかき回していた蘇芳は、その何処か楽しそうな言葉に視線を向けた。
ちらほらと集まり始めた親戚一同とは別に、お客でもない自分が初めから座すわけにも行かず、取り敢えず料理の支度をする露草の母に手伝いを申し出たのだ。
最初は露草もいたのだが、結局邪魔だと彼女に追いだされていった。
蘇芳は取り敢えず戦力と認められたのか、こうして調理を手伝っている。
「なんでしょうか?」
「露草とはどこまでいってるの?」
「何処も何も、学校に行ってますけど」
「やぁねぇ。そうじゃないわよ」
ばしばしと蘇芳の背中を叩いて、彼女は照れなくても良いのにと唇を尖らせた。
露草の父と木路蝋の妻が兄妹になるので、彼女は木路蝋から見ると義姉に当たる。
今様と露草を生んだにしては、随分と若い見た目は、今様と並ぶと姉妹に見えなくもない。
ただし性格の方はまったく似ていなくて、夢獣を視るの能力も持たないせいか、あっけらかんとして大らかだ。
彼女の持つ普通の主婦、一家の母という雰囲気が、蘇芳は嫌いではない。
「何の話ですか?」
「だから、いつ蘇芳ちゃんは露草のお嫁に来てくれるの?」
「え?」
思わず一瞬フリーズして、飛び込んできた言葉を頭の中で繰り返した。
けれど何度繰り返しても聞き間違いを見つけられなくて、蘇芳はおずおずと彼女を見る。
「あの、聞き間違いですか? 今、お嫁にって」
「やぁねぇ。聞き間違えじゃないわよ。いつ、露草のお嫁に来てくれるの? まぁ、結婚式は、高校出てからでも良いけど、今からもうこの家に住んだら良いじゃない?」
「ちょ、ちょっと待ってください」
流石にストップをかけると、彼女が手を止めてきょとんと振り返った。
「なあに?」
「お嫁には来られません」
「あら、露草じゃあ不服?」
「そういうことでなくて」
言葉を考えて、お玉を持っていない方の手で無意識に帽子に触れる。
その中で動く兎耳の感触に、蘇芳は慌てて首を振った。
「露草、君が私を選ぶことはないです」
「それって、蘇芳ちゃんに対して、あの子が負い目があるから?」
酷く穏やかに紡がれた言葉に、蘇芳は思わず俯く。
そう、この兎耳を受け入れた瞬間に、露草と蘇芳の間には大きな溝ができたのだ。
決して埋まらない溝だ。
ただの幼馴染には、もう戻れない。
「あのね、露草は器用にはできてないから、素っ気ないし口もあんまり良いとは言えないような子だけど、蘇芳ちゃんのことはちゃんと見てると思うわよ」
何も言えない蘇芳の帽子の上から、彼女はぽんぽんと頭を撫でた。
「ひとつ、長く女をやってる経験からアドバイスするわね」
「?」
僅かに顔を上げると、彼女がにっこりと笑う。
「どうしても本音が聞きたいことがあったら、相手が男なら、色仕掛けに出ちゃいなさい」
「へ?」
「泣き落としでも良いけど、それよりは押しに弱い男が多いからね。距離を詰めて問いただしたほうが、答えが解ることが多いわよ」
「そう、ですか?」
「そういうもんよ。さ、じゃあ、料理運びましょうか」
ぽんと彼女に肩を叩かれて、蘇芳はこくりと頷いた。




