020
露草が玄関を開けたのを見極めたところで、踵を返そうとした蘇芳は唐突に見えない力で首根っこを引っ掴まれた。
こういうことをするのは、一人だけだ。
踵を軸に振り返って、蘇芳はつかつかと玄関に歩み寄ると露草が閉めようとしたのを遮って思い切り踏み込んだ。
「ちょ、蘇芳?」
「喧嘩なら買いますよ!」
「は?」
「やだわ。相変わらず乱暴なのねー」
奥から聞こえてきた言葉に、隣で露草が驚いたように眉を顰める。
蘇芳は姿を見せた相手を睨んだ。
「その言葉、そっくりお返しします。人を呼び止めるのに、能力使うの止めてください」
「あらぁ。非力な私は、そうでもしないと乱暴な貴女を引き留めるなんて、無理でしょう?」
にこにこと気に留めた様子もなくそう言って、現れた妙齢の女はすぐさま露草に視線を移した。
「久しぶりね、露。少し見ない間に、また大きくなったんじゃない? お姉ちゃんによく顔を見せて」
「ちょ、子ども扱いしないでよ。何しに来たわけ?」
「照れなくたっていいでしょー? いつまで経っても、露は私の可愛い弟なんだからぁ」
「姉さん!」
頭を撫でたり、抱きしめられたりと、好きなように弄られている露草が抗議の声を上げるが、彼女は手を止めない。
寧ろ、露草を抱きしめたまま、蘇芳を睨んだ。
「全くねぇ。あの頭の固い従兄弟当主に散々言ったのに、また露の傍にこの娘つけるなんて、有り得ないわよ。折角、引き離したのに、半年しか持たないなんてねぇ。もっと強く言わないと駄目なのかしらぁ」
「今様さんが言ったんですか?」
半年露草と引き離された思わぬ原因に、蘇芳の眉がひどく寄る。
今様は露草の姉だ。
10近く年が離れているせいもあってか、露草を溺愛しているが、現在は嫁いで、この家には暮らしていない。
露草とは違って、夢獣を封じる能力が元々強く、木路蝋からも一目置かれてはいた。
蘇芳にしてみれば、木路蝋よりも厄介な相手だった。
「そうよぉ。私の可愛い露に、貴女みたいな虫がつくのは許せないじゃないの」
「結婚して家を出ている方に言われたくありません」
「なによぉ。結婚しようがしまいが、露は私の弟なのよ。貴女より私の方が、露の傍にいる権利はあるわー」
「姉さん、いい加減にしなよね!」
振り払うように今様の腕を抜けて、露草が彼女を呆れたように見る。
「本当、何しに来たわけ? 蘇芳に喧嘩売りにきたなら、帰ってよ」
「酷いわー、露。その娘の味方をするつもりなのぉ?」
「だったら、さっさと来た理由をいいなよ。蘇芳に文句言うために来てるなら、姉さんの味方出来る訳ないでしょ」
露草の強気な言葉に、今様は膨れて口を尖らせた。
「露は意地悪だわー! 今日は木路蝋の誕生日だから、露に会いたいから、わざわざどんちゃん騒ぎに加わることにしたのにー」
「げ」
「やだわー露ってば、忘れてたのぉ?」
「ちょっと、蘇芳。覚えてたならいいなよね!」
何故か噛みつく様にこちらに抗議されて、蘇芳はぶんぶんと首を振る。
「どうして私が知ってるんですか。知りませんよ」
「はぁ? 知らないの?」
「知りません」
本当に知らなかった。
そういうことが必要な付き合いをしてこなかったのだから当然だ。
あっさりとそう言えば、一瞬黙った露草が蘇芳の腕を取る。
「え?」
「あんたが加われば少しはマシかもしれないし、付き合いなよ」
「ちょっと、露! どうして部外者いれるのよぉ!」
「姉さんは黙ってなよ。木路蝋が良いっていえば文句言えるわけないんだからさ」
むぅと黙り込んだ今様の横を抜けて、露草は屋敷の奥へと蘇芳の手を引いた。




