019*
飲み物を買いに行って戻ってきてから、蘇芳の様子がおかしい。
そもそも、飲み物を買いに行ったのに、飲み物を持って戻ってこなかった所からして、何かあったとしか思えない。
そう口にすれば、何やら考え事をしていた蘇芳はふと我に返ったように露草を仰いだ。
「なんですか?」
「だから、飲み物買いに行ったんじゃなかったわけ?」
「行きましたよ」
「はぁ? あんた、何も持ってないじゃない」
「向こうで飲んできちゃいました」
話は終わり、というように考える様子もなくあっさりと告げられて、露草は質問の仕方を出だしから間違えたことに気づく。
蘇芳は口が堅い。
いや、堅いというよりは、特に露草に対してだけ、情報の開示が厳しいのだ。
だから、上手く質問をしなければ貝のように閉ざされた中から、真珠となる情報を掴みとることはできない。
解っていた筈なのに、隣にいなかった半年の空白は意外と影響していたらしい。
「ちょっと、何考えてるわけ?」
「あ、大丈夫ですよ。次の授業サボろうとか、思ってませんよ」
的外れな回答でぶんぶんと首を振って、蘇芳は慌てて帽子を押さえる。
「最近、ちょっと帽子が緩いかな、と思うんですよ。もう少し深く被れる帽子を調達した方が良いかと思いまして」
「別に、取れたからって耳が見える人間なんか殆どいないんじゃないの?」
「油断大敵ですよ、露草! 調伏されそうになったら、どうしてくれるんですか」
「それくらい、あんたなら避けられるよね」
「相手によりますよ。木路蝋さんクラスは、面倒この上ないです」
「あいつクラスが、ゴロゴロいる訳ないけどね」
肩を竦めた露草に、蘇芳は僅かに眉を顰めた。
「まぁ、そうですけど」
答えまでの一瞬の間。
そこに生じた違和感に、露草は視線を落とした蘇芳の帽子を眺める。
蘇芳は、この学校に木路蝋クラスの人間がいると、微かにでも思っているのだろうか。
それとも蘇芳の中の兎が、何かを感じているのだろうか。
今のところ露草には何ら変化も予兆もない。
この半年間、ごくごく普通の現実的な学校生活を送ってきた。
これからもそれが続くと思っていた。
「(そうだ、)」
露草はふと気づく。
蘇芳がやってきた時点で、現実的な生活は疾うに失われているのだ。
「露草?」
不意に心配そうに覗き込む蘇芳に、露草は首を振って見せる。
「大丈夫だよ。なんでもない」
「そうですか?」
蘇芳を否定するつもりはない。
だから、改めて露草は心を落ち着けるように息をつく。
露草にとっての現実。
それは蘇芳がいて、夢獣も存在する世界の姿だ。
学校だけが特別な空間であるわけがない。
「そう、油断大敵だよね」
ぽつりと呟いて、露草は掌を握りしめた。




