018
そんなことを考えていたからだろうか。
次の日の午後の2コマ目の空き時間に、露草から離れて飲み物を買いに出掛けた蘇芳は、渡り廊下の向こうから歩いてくる見知った顔に気がついた。
蘇芳の前を歩く二人組の女子生徒が傍目に解るくらい避けて通る。
「(手負い動物のようですね)」
誰彼となく威嚇するように歩く彼に声をかけようとして、それからふと、彼の名前を知らない事に気がついた。
「(下っ端さん、はいただけませんね)」
蘇芳は小さく溜息をつくと、気持ちを入れ替えて笑顔をつくる。
「こんにちは。今日は番長さんと一緒じゃないんですか?」
「あぁ!?」
多分番長と言う言葉に反応したのであろう下っ端の視線が、蘇芳の頭の上を通り越して、漸く少し下の帽子を認めたのか視線を落とした。
「昨日はどうも」
訝しげに眉を顰めた彼が口を開く前に、蘇芳は先手を打って帽子を押さえる。
その動作に、彼は僅かに目を丸くすると不機嫌に鼻を鳴らした。
「鈍さんは番長じゃねぇよ」
予想外の言葉に瞬いて、蘇芳は首を傾げる。
「番長さんではないんですか?」
「周りが勝手に言ってるだけだ。鈍さんは好きじゃねぇから、俺は言わねぇ」
「はぁ。それなら、貴方は御友人ですか?」
ぶるりと身震いして、彼はその目を三角に吊り上げた。
「馬鹿言うんじゃねぇ! 俺が鈍さんと対等な訳ねぇだろ!」
「でも、一般人に子分はいないと思いますが」
「俺が勝手に鈍さんを慕ってるだけだ!」
「そうですか」
「そうだ! 俺は鈍さんの御蔭で思いがけず生き延びたんだ。鈍さんが番長だろうとなかろうと、他に慕う理由はいらねぇ!」
その言葉に、蘇芳はふと思い至って彼を仰ぐ。
「あの、もしかして以前は貴方が番長だったんですか?」
「あ?まぁな。俺が名乗るのも痴がましいから、鈍さんに名乗ってもらおうと思ったんだけどよ」
「はぁ、そうですか。それなら、番…ええと、鈍さんはかなり喧嘩が強いんですね」
「強いなんてもんじゃねぇ! あっという間に全員のしちまうんだ」
熱に浮かされたように嬉々として鈍について語る彼に蘇芳は一人考え込む。
「鈍さんの気魄に圧されるのか、相手がふっと視線をぶれさせるかと思えば、鈍さんの蹴りやパンチで一発よ」
「なるほど、そうですか」
だから彼は、蘇芳が何かに思い至ったらしいことに気づかなかった。




