016
「授業中は取るんだろ? だったら普段も被るなよ」
「だ、駄目です」
気負った様子もなく近づいてきて、今にも帽子に手をかけようとする萌葱に、蘇芳は慌てて帽子を押さえた。
「なんだ?」
「ええと、すみません。訳あって授業中も被ってます。先生には連絡済なので、怒られはしません」
「なんだよ?」
寸前で手を止めた萌葱が首を傾げる。
「美観を損なうより重要なのかよ?」
「全く。萌葱、君も不躾じゃないか。女の子は少しくらい秘密があった方が魅力的だというのが解らないのかい?」
呆れたように大袈裟に肩を竦めた会長が、二人の間に割って入るとにっこりと蘇芳に笑って見せた。
「心配することはない。言いたくないことは言わなくていいさ。特にこんな、得体のしれない人間にはね」
「人の事言えるか?」
「失礼な。私は生徒会長じゃないか」
「風紀委員長と大して変わらないと思うぜ?」
思わず頷きそうになって、蘇芳はそれを誤魔化す様に瞬く。
「大いに変わるじゃないか! 全く、君も鈍も、私に対する敬意というものが全く感じられないな」
不機嫌そうな会長の口から零れた名前に、蘇芳は反射的に顔を上げた。
「あの、鈍さんって」
「なんだ。新入りのくせに、あいつは知ってるのかよ?」
「いえ、あの、番長さんだって聞いたんですけど」
「番長?」
キョトンと目を丸くした萌葱に、蘇芳もきょとんと相手を見返す。
「違うんですか?」
「少なくとも、名乗ってはいないよな?」
同意を求めた萌葱に、会長が腕を組んで鼻を鳴らした。
「確かに、そう言われてはいるようだね。あまり近づくのは勧めないよ。問題行動が多いのは確かだからね」
「そうですか」
「まぁ、そういう奴に惹かれる女子は多いよな」
「それについては、異議申し立てたいね。私より彼がモテるのは納得いかないじゃないか」
「お前みたいに面倒な奴に惚れる女も気がしれないけどな」
面倒くさそうにそう言って、美人な風紀委員はぱんぱんと蘇芳の肩を叩く。
「まぁ、帽子取る気になったら言えよ。お前、磨けば光りそうだから楽しみだ」
「はぁ」
「じゃあな」
あっさりと手を上げて、萌葱は部室棟の向こうに消えた。
その後ろ姿を不機嫌に眺めて、会長が蘇芳を振り返る。
「蘇芳君、次の教室は解るのかい?」
「あ、大丈夫です」
「じゃあ遅刻しないようにね」
「はい。ありがとうございます」
萌葱とは反対側に歩いて行く会長を何となく見えなくなるまで見送ってから、蘇芳は木々の間から時計を眺めた。
「(うーん。露草、怒ってますかね)」
授業をサボったことに対しては罪悪感はないが、露草に理由を問い詰められるのは厄介だ。
それでも蘇芳は帽子の中で揺れる兎耳を感じながら、露草のいる教室に向かって歩き出した。




