013
蘇芳が五分遅れのチャイムの音を聞いたのは、授業の行われる教室から随分離れた部室棟の裏だった。
この学校は部活にも力を入れている。
校舎と遜色ない部室棟は六階建てで、各階に10の部屋が並ぶ。
申請をして通れば、新設の部でも部室が与えられるのだそうだ。
ちらりと部室棟を眺めてから、蘇芳は此処を訪れた理由に視線を戻した。
建物の角に隠れた蘇芳の視線の先にいるのは、生徒会長。
教室とは別方向に歩いていくのを不思議に思ってこっそりとつけてくれば、此処にたどり着いたというわけだ。
勿論、取り巻きは誰もいない。
「(こんな所で、誰かと待ち合わせですか?)」
蘇芳をこの学校に転校させるとき、木路蝋が仄めかしたのは、一族とは別の夢獣使いの存在だった。
「裏を取ってこい」
「裏、ですか?」
眉を顰めた蘇芳、木路蝋は嫌そうに手を振る。
「曖昧な情報で乗り込む訳にもいかないからな。相手がどういうつもりかも、どんな式を連れてるかも解らない状態で喧嘩売っても仕方ないだろ」
「まぁ、そうですね」
「夢告げで解るのは方角程度だ。学校の情報収集は学生に遣らせるのが妥当だろ。露草も通ってるんだ。お前に不満はないはずだが?」
勿論、蘇芳に不満はない。
この半年間別の仕事を言い渡されて露草と引き離されたことに関して、文句は言わなかったが、いい気はしなかったのは確かだからだ。
「護衛の件だが、最近は少し祓いの能力が安定してる。だから、昼間は自由にさせてるが、日が落ちる前には帰るようにさせた。これから冬だ。場合によれば、帰りが夜にかかる。その時間は側にいろ」
「言われなくてもそうします」
「そういうわけだ。裏を取るのは昼間動け」
人の気配にふっと我に返ると、反対側から一人の少女が現れて会長に近付く所だった。
少し不安げな面持ちが見て取れて、蘇芳は微かに眉を顰めた。
「(これは、もしかしてただの告白かもしれませんね)」
決め手がないままに動けずにいると、少女が意を決したように、会長を見上げて口を開く。
「鴇先輩! あたしと文化祭で踊ってください」
「(?)」
告白、ではないらしいが、少女の様子を見れば同じような雰囲気に見えて、踵を返そうとした蘇芳の肩を、誰かががしっと掴んだ。
「!?」
「帰るなよ。今からが良いとこじゃん」
驚いて振り返ると、髪の長い美人がにっと笑った。
「心配すんな。見てれば解るよ」
「見てれば?」
言葉の意味が解らずにキョトンと首を傾げると、美人は顎で会長達を示す。
「ありがとう、子猫ちゃん。君の気持ちは凄く嬉しい」
今にも手の甲に口づけでもしそうな優美さで会長はにっこり笑った。
「それなら、あたしと」
「でも、ごめんね。申し訳ないけれど、私は君とは踊れないんだ」
「え? もう、誰かと約束してるんですか?」
「そういう訳じゃないよ」
「だったら、あたしと踊ってください! あたし、本当に会長のこと」
しくしくと泣き出した少女を見て、隣の美人が思い切り舌打ちする。
「泣き落としにかかるなんて、馬鹿じゃないか? あいつに効果がないことくらい、把握しておけよな」
「あの、」
声をかけようとした蘇芳に、何を勘違いしているのか美人は舌打ちしたことを誤魔化す様に慌ててぱしぱしと肩に回したままの手で肩を叩く。
「心配すんな。あいつは、ちゃんと断るよ。だから安心して此処にいなって」
「はぁ」
美人の言葉を反芻するように瞬いて、蘇芳は一人首を傾げた。




