012*
ついてきているとばかり思っていたのに、露草が教室にたどり着いて適当な席に座ると、本来なら隣に腰かけるはずの蘇芳の姿がなかった。
怪訝に思って入口を見遣っても見慣れた帽子姿は影も形も見当たらない。
「ちょっと、どこ行ったわけ?」
呟いても勿論、答える人はいない訳で。
うんざりしつつも探しに行こうと立ち上がりかけた所で、唐突に後ろから声がした。
「つ・ゆ・チャーン!」
「ちょっと! 危ないだろ!」
思い切り後ろから飛びついてきた人物に、露草は危うくバランスを崩しかけ、寸でのところで踏みとどまると思い切り抗議の声をあげる。
「夏が終わっても、相ッ変わらず柔いねぇ。露チャンてば」
「チャン付けするな! ていうか、危ないだろ! 力加減考えなよね、馬鹿力なんだからさ」
身長は170センチを越えて、全国的にも名の知られている空手少女に、露草は不機嫌な視線を向けた。
するといひひと笑っていた少女は、心外だと目を細める。
「ひっどいねぇ。花も恥じらう乙女に向かってサッ」
「あんたこそ、全国の乙女に失礼じゃない?」
「よーし、露チャン、歯ぁ食いしばれ?」
「ちょ、何するつもりなのさ。伽羅!」
露草が慌てると、伽羅は構えた型をあっさりと崩した。
「心配しなくても、試合以外で使やぁしないよ」
「べ、別に怖がった訳じゃ」
「あーぁ。朝っぱらから朝礼で嫌になるよねぇ。夏休みは早起きしなくて良かったっていうのにサ」
さっさと露草の隣の席に腰を下ろして、伽羅は授業の支度を始める。
「露チャンは、早起きって感じよねぇ」
「別にそんなこともないけど。そういうあんたは、寝起き悪そうだよね」
「否定はできないところが辛いねぇ」
つられるように座って、露草が鞄からペンケースやノートを出していると、ふと思い出したように伽羅が振り向いた。
「そういえばさぁ。もう授業始まるのに、立ち上がって何処か行くつもりだったの?」
「っ!」
今さらのような伽羅の台詞に、露草は慌てて立ち上がろうといして、チャイムと共に入ってきた教員が無造作に扉を閉める。
「筆記用具以外仕舞え。今から抜き打ちで小テストするからな。入退室も禁止だ。そこ、座れ」
教室の中には結局見慣れた帽子姿はない。
露草は一瞬躊躇ってから、教員の指示に従って仕方なく腰を下ろした。




