011
確かに食堂にいた下っ端は、不良と書かれた看板を下げているような見た目をしている。
けれでも。
まじまじと眺めていたせいだろう。
視線を感じたのか、青年が視線を落とす。
その深い灰色の瞳に映った自分を、蘇芳はますます予想外に感じた。
「あの、番長さんですか?」
ぱっと見た感じ、青年はとても不良のトップには見えない。
髪は真っ黒で、特にじゃらじゃらとアクセサリーを付けているわけでもなく、制服も至ってシンプルだ。
ただ、冷ややかな双眸と雰囲気だけが、場慣れした様子とと近寄り難さを醸し出す。
「なっ、ちょっ、お前!」
余程蘇芳の問いが不躾に見えたのか、途端に下っ端が不機嫌に吠えた。
「鈍さんに向かって何を」
「鈍さん、ということは、名前が番長さんというわけではないですよね」
「ふざけてんのか、てめぇ!」
或いは名字かとも思ったが、やはり番長と言うのは役職らしい。
きゃんきゃん吠える下っ端は、何とか彼に良い所を見せたくて必死な様子が伺えて、慕われているんだな、と蘇芳は場違いに考える。
「おかしな帽子被りやがって」
蘇芳が、全く答えた様子がないのに苛立ったのか、焦れて手を出そうとした下っ端に慌てて帽子を押さえると、不意に人影がその間に割り込んだ。
「幼気な女子生徒を虐めるのは感心しないぞ、鈍。君、大丈夫かい?」
ふんわりと穏やかに降ってきた声は、顔をあげなくても解る。
「えぇと、会長さん?」
「そうだよ。可愛らしいお嬢さん。でも折角だから、鴇、と呼んでほしいね」
にこにこと笑う会長の向こうで、青年が面倒臭そうに目を細めた。
ふと気付けば遠巻きに人垣が出来ていて、どうやら誰も彼も声をかけ兼ねたらしい。
今更のように『目立つな』と言う露草の言葉が浮かんだが、もう仕方がない。
隣に露草がいなかっただけ良いとしよう、と蘇芳は一人頷く。
「面倒臭ぇ」
「鈍」
さっさと踵を返そうとした青年をわざわざ呼び止めて、会長は肩を竦めた。
「手綱くらい、掴んでおくように。まぁ、従う人間が一人なんて、転覆しかかった小船である状況に、君が必要ないと感じていてもね。まぁ、もともと舵取能力があるのかも解らないけれど」
「なっ! てめぇ!」
下っ端は成る程、かなり短気らしい。
それが慕っている人間に不利に働くとは思っていないらしいところが、残念だと蘇芳は小さくため息をつく。
しかし、青年の方は柳に風と言った様子で、会長の言葉に、そうだなと素っ気なく頷くとあっさりと踵を返した。
モーセの出エジプトのように真っ二つに割れた人垣が彼を通す。
「あ、鈍さん! 待ってくださいよ!」
途端に不機嫌さを掻き消して、下っ端は忠犬のように青年の後を追って見えなくなった。




