Chapter03 現在の想い
私の旦那様は、一族の中でも特に力を持っている人だった。
だからこそ、当主なんてものになっていた訳だけれど、あの人が時々遠くを眺めていたことを多分一族の誰も知らない。
私は一族の中では、結構中心的な本家の子どもであったけれども、力を全く持っていなかった。
一方のあの人は、本家の中でも末端の子どもだった。
早くに両親を亡くしたこともあって、父親の妹であった兄の嫁が何かと世話を焼いていた。
そのせいで私とも早いうちから接点があったのだ。
能力者の少ない末端の血筋の中で、あの人はめきめきと力だけが伸びて、いち早く背伸びを強要されたのだと思う。
あの静かな瞳に、私は恋をしたのだと思う。
あの人は、当主を引き受ける様な、そんな柄には見えなかった。
けれどもある時から、唐突にあの人は何かを目指して走り始めていた。
止めることも憚られて、けれどもその何かを全部終えたら、あの人がいなくなってしまうような気がして、私は必死に約束を取り付けたのだ。
『一緒に連れて行ってください』
例えそれが、この世界のどこかでなくても。
私はそう思っていた。
『夢獣は全て消えた』
あの人が、一族全部を集めて唐突に告げたのは、それから遠くない日の事だった。
二人で家を出て、郊外の家に住んで、子どもが生まれた。
目の大きな可愛らしい女の子。
名前を付けたのは、あの人だ。
あの家を出てから、あの人はあの家の話をしなくなった。
誰とも連絡を取ることもない。
けれど、ゴミ箱から零れたらしい紙くずを拾い上げると、そこに兄の子どもの名前があった。
私とあの人とその子は、小さいころから顔を合わせることが多かった。
その子が、夢獣を引き寄せてしまう厄介な体質だったこともあって、あの人とその子はまるで兄弟のように文句を言い合いながらも良い関係を築いていたように思う。
「木路蝋さん、露草さんにお手紙を書いては如何ですか?」
「は?」
「あの子も、こんなに大きくなりましたから」
庭先で遊ぶ娘に目を向けると、木路蝋は少しだけ眉を顰めてそれから覚悟を決めたように小さく息をついた。
「ちょっと! どういうことな訳!?」
懐かしい騒がしい声が表から聞こえる。
草履を履いて外に出ると、道の向こうからあの人と娘と、それから随分大人びた青年が一人。
「久しぶり、露草くん」
「あ。久しぶり、です」
「無事に会えたんですね、木路蝋さん」
「まあな。相変わらずうるさいが」
「はぁ!? 態々会いに来た相手に対して、なんなのさ!」
「別に頼んでない」
「ッッ!?」
まるで昨日から続いているようなやり取りに思わず笑ってしまう。
何年も会っていなかったのが、嘘のようだ。
「ねぇ、お母さん」
不意にちょこちょこと走り寄ってきた娘がこっそりと袖を引いた。
「なあに?」
「お父さんがね、あのお兄さんは私のお婿さん候補って言ってたの」
「まあ。本当?」
「うん」
「貴女はどう? あのお兄さんのこと、好きになれそう?」
「解んない。でもね、」
「どうしたの?」
「さっき、はじめましてした時に、私の名前言ったら、すごくびっくりして、それからお父さんに怒っちゃったの。どうしてかな?」
しょんぼりと服の裾を掴む娘の頭をぽんぽんと優しく撫でて、私はにっこり笑う。
「大丈夫よ。ね、木路蝋さん、露草くん」
「え?」
「なんだ?」
「そんな所にいないで、中に入ってくださいな。ほら、木路蝋さん行きますよ。あと、露草くん。うちの娘を泣かせたら承知しませんよ?」
「は? え? なんで僕が泣かせるのさ!」
「あら、うちの娘の名前が気に入らないとか」
狼狽えた露草に向かってぽんと娘の背中を押す。
「あの、」
「ち、違うから。あんたの名前が気に入らないとかじゃなくて。その、」
「お前な、人の娘捕まえて、”アンタ”だと?」
不機嫌に振り向いたあの人に、青年は言い淀んでから覚悟を決めたように娘に手を差し出した。
その顔は、あの日あの人が葉書を出すと決めた時のようだった。
「僕は露草だ。よろしく、 」




