Chapter01 過去の場所
つまらない。
少年は、広い庭を歩きながら不機嫌そうに鼻をならした。
郊外にある屋敷は、山を裏手に取り込んでいるせいで、庭というより最早森だ。
けれど、敷地内から外に出ることを許されていない少年にしてみれば、どんなに広い庭も所詮囲いの中。
ましてや遊び相手もいなければ尚更だ。
それでも、この囲いの外に出ればどうなるか、その身を持って知っている少年は、読書や勉学に飽きれば、結局この庭にいながら外を想像するしかやることがなかった。
「!?」
さくさくと草を踏み締めて歩いていた少年は、不意に僅かな息遣いを感じて歩を止める。
変なモノに纏わり付かれる体質のせいか、外にいる時の少年はいつもより感覚が鋭い。
「何?」
敷地内に変なモノは立ち入れないことは解っていた。
此処は敷地境の近くでもないから、何かがいるのは敷地の中だ。
庭に野生動物が入ってくることは少ないので、少年は何がいるものかと息を顰めてそっと草木を掻き分けた。
「え?」
最初に目に入ったのは大きな木。
それから、その下にうずくまる小さな子ども。
「あんた、誰?此処、うちの敷地なんだけど」
「!?」
弾かれたように立ち上がった少女の大きな瞳は言い表せないような驚きに満ちていて、少年が言葉を続けるより早く焦ったように頭を下げた。
「ごめんなさい!知らなかったんです!許してくださいっ」
「ちょ、落ち着きなよ。あんた」
それは悪戯が見つかった子どもと言うには必死すぎて、少年は僅かにうろたえる。
「別に怒ってるわけじゃないよ。僕は事実を言っただけで。そもそもどこからきたわけ?」
少女は俯いて山の向こう側の地名を告げた。
そこからの距離を考えて、少年は呆れてため息をついた。
「なに、家出?」
「え?」
ぽかんとした表情があまりに幼くて、少年は続く言葉を飲み込んだ。
「ち、違います。ちゃんと帰ります」
「ふうん」
それは多分気まぐれだ。
遊び相手のいない少年と、年齢の近そうな小さな少女。
「あんたさ、入ってくるなら門から来なよ」
「え?」
「僕が友達になってやるって言ってるんだよ。そうしたら、不法侵入じゃないだろ」
「とも、だち?」
「そうだよ。僕は露草だ。あんたは?」
ふわりと浮上した意識に、露草は此処が何処かを認識して、小さく鼻をならした。
電車の断続的な揺れのせいで、いつの間にか眠っていたらしい。
随分懐かしい夢をみたものだ。
車窓はいつの間にか田園風景に姿を変えていた。
舟を漕ぐ老人と、本をめくる男だけの空間で、露草はポケットから取り出したハガキを裏返す。
何度見ても真っ白な裏面と、露草の名前だけで差出人のない表書き。
「一言くらい、何か書きなよね」
全てが終わって始まったあの日から、もう五年が経つ。
あの家から出て、大学に通うようになった。
結局一度も当主から降りた彼に会うこともないまま。
会いたくなかった訳ではない。
ただ、無理に探すのが憚られただけだ。
それでも、会えたら一言言いたいことがあった。
「なんなのさ、本当」
あの日いなくなった少女と、初めて出会った郊外の別宅のある場所。
消印にはその地名が印されていた。




