099
「蘇芳!お前、何して!」
焦ったような木路蝋の声が追ってきたが、蘇芳は振り返らなかった。
諦めたような白銀が、陣に力を注ぐのが解ったからだ。
もう、誰にも止められない。
『強情』
「褒め言葉として受け取ります」
「なによ、あんた!」
金華猫が振り上げた拳を受け止めて、蘇芳は彼女を見てにこりと笑う。
「もう止めましょう。貴女の暴走は、私の大切なもの全てを傷つけます」
「だから!?あんたたちのために生み出されて、あんたたちのために消えろっていうの?勝手だわ」
「えぇ、勝手です。私たちの勝手で、貴女は随分働いた。働きすぎです」
「な、なによ。それ」
「疲れたでしょう?誰かを憎むのも、恨むのも、とっても体力がいりますから。もう、休みませんか?」
一歩蘇芳が足を進めると、じりっと金華猫の自由な足が一歩下がった。
けれど、囚われたままの片足が、それ以上の後退を赦さない。
不意にとぷんと、水に沈むような音が響いて、それに連鎖するように次々と何かが陣の中に飛び込んで来て、蘇芳と金華猫はつられるように顔をあげた。
「あ」
「あ」
溢れんばかりに飛び込んで来るのは、雑多な影のような生き物たち。
動物によく似た風袋のものから、塵のような小さなものまで。
それは、
『夢獣だ』
それらは、蘇芳の手にした毛髪を目当てに集まってきているようだった。
けれども、襲って来るようなこともなくて、次々に陣に飛び込んでは、光の触手に搦め捕られて、積み重なるように増えていく。
「あんたたち、何ボサッとしてるの!?消されるのよ!抵抗しなさいよ!」
悲鳴のように叫んだ金華猫に、けれど夢獣達はなんの反応も示さなかった。
『…ッ…タ…』
「兎さん?」
『違う。奴らだ』
耳を澄ませた蘇芳の頭に、その声は届く。
『ツカレタ』
『ネムイ』
『カエリタイ』
「あんたたち、」
呆然としたように呟く金華猫から視線を移して、蘇芳は白銀に呼び掛ける。
「兎さん、終わりにしましょう。夢獣達にもう二度と誰にも邪魔されない眠りを」
『良いんだな?』
「人間も夢獣も救えるなんて、私、とっても必要な人間だったってことじゃないですか。最高の勲章ですよ」
『解った』
白銀の言葉と同時に、視界が弾けた。
『後始末を、ありがとう』
鮮やかな着物が翻る。
ぞろぞろと奇妙なモノ達の行列を引き連れて美しい人が消えていく。
『サヨナラ』
『オヤスミ』
列の最後に、真っ白な兎と猫が寄り添いながらかけていく。
ただ一瞬足を止めて、兎だけが僅かに振り返って。
『お疲れ。じゃあな、小娘』
風にのって、そんな言葉が聴こえた気がした。




