五、治癒能力
「こんにちは、山神様」
葵が挨拶をして、八丸も頭を下げる。
「こいつが、すごい熱なんです」
八丸はきい坊を背中からおろし、そっと山神に近づいた。
「少年をそこへ」
山神に言われるまま、八丸は少し手前にきい坊を寝かせる。
葵も心配そうに見守っていた。
「よかった、今日はまだ私にも救える命が残されていた……」
そう呟くと山神は立ち上がり、苦しむきい坊に歩み寄った。
両手をそっときい坊の体にかざす。山神が瞳を閉じ、沈黙が流れる。
するとコォォと小さな音とともに、緑色の光がきい坊を包んだ。
きい坊の顔色はみるみる良くなり、荒い息遣いも落ち着いていく。
山神が再び目を開き、かざしていた手をはなすと、
きい坊もゆっくりと目を開いた。
「―…あれ、苦しくない……」
「きい坊!」
「よかった!」
八丸と葵は安堵の喜びの声をあげる。
「お疲れ様です、山神様」
アサとミサが声をそろえて言った。
「すごい!体が楽だよ、八丸兄ちゃん!葵姉ちゃん!」
きい坊は立ち上がり、山神に向かい深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!山神様!」
きい坊の顔には先ほどまで熱に侵されていたとは思えないほどの
元気な笑顔が浮かんでいる。
「この程度、私にかかればどうってことはない」
「いつみてもすごいな、山神様のお能力は」
八丸は元気なきい坊を眺めしみじみと呟いた。
「山の民を守るのが、この能力と共に山神に与えられた宿命だからな」
「あの、代価はこれでよろしいでしょうか」
葵はアサによし婆に渡された黄色い山花の花束を差し出した。
「十分でございます。頂戴しましょう」
アサは受け取ると花がたくさん並んでいるところにその花束を置いた。
八丸は改めて洞窟の中を見渡した。
あちこちに小石が四つ、五つ縦に積まれたものがいくつもある。
「あの、この石の山は……」
「亡くなり、連鎖していく命の数だ」
山神は八丸に答えた。
「今日はよっつの命を……救うことができなかった」
ぽつりと悲しそうに呟く少女の声は、洞窟の中で反響する。
「お前を救えてよかったぞ。きい坊と言ったな。体を大事にするがよい」
にこっと目を細めて笑ったその表情は、幼い少女とは思えない上品さを帯びていた。
「本当にありがとうございました、山神様。八丸、そろそろ失礼しましょう」
「そうだな、葵。帰るぞきい坊。山神様、ありがとうございました」
再び葵と八丸は山神に頭を下げる。
「では、入り口までまたご案内します」
来た時と同じように双子に案内され、三人は洞窟を出た。
滝をくぐったところで、突然こちらにむかって指をさしている子供の姿が見えた。
「あ!葵姉ちゃんに、八丸兄ちゃんだ!それにきい坊も」
「美夜ちゃん!どうしたの?山神様のところへ?」
「うん!」
「どうした?怪我か?」
八丸は心配そうに美夜を眺めたが、どこも悪いところはなさそうだ。
「そうじゃないんだけどね」
美夜は腕に抱えた果物のかごに目を向けた。
「お供え物っ」
にぱっと無邪気な笑顔を向ける。
「そうか、気を付けてな」
八丸はそっと美夜の頭を撫でた。
「じゃあね!」
三人に別れを告げて、美夜は滝をくぐっていく。
「よし、俺達も早く集落に戻ろう。よし婆がきっと心配している」
「うん!僕お腹空いちゃった。
帰って八丸兄ちゃんが獲ってきた野うさぎ食べたいなぁ」
「きい坊、そのことなんだが……」
「そういえば、あんたの言い訳早く聞かないとね」
「い、言い訳なんて…っ!」
三人は谷を下り、狼の集落を目指した。