二、霧の里
八丸が自分の家を目指して進んでいくと、一人の少年が駆け寄ってきた。
「よっ、おかえり八丸。獲物は捕れたのか?」
「おぉ、ただいま響炎。実は……」
響炎と呼ばれたその少年は、輝く金色の髪をなびかせている。
「な、なんだよこれ!木の実ばっかりじゃねえか」
「実はとっても素敵な人に……」
「これに銀杏とか混ざってたら殺すぞ、本気でー」
八丸の話を聞かずに、響炎は溜息をもらす。
「だ、だから人の話を聞け!このばか狐!」
「ば!ばかってなんだ、ばかって!俺は狐は狐でもおまえなんかよりよっぽど優秀だ。
ばかはよけいなんだよ、このばか犬野郎!」
「い、犬って言うなこの野郎!ばかはおま……」
気がつくと二人はお互い狐と狼の姿になり、組み合っていた。
「ちょっと!何やってんのさお前ら!また喧嘩かよ」
二人の騒がしさにうんざりしたのか、
一人の大柄な少年が二人の間に割って入った。
「「豚は黙ってろ!」」
「ぶ、豚だってー!おいらは猪様だああああ!」
そう叫ぶと、少年はぶわっと風の渦に包み込まれ、猪に姿を変えた。
「や、やば・・・」
「おい、八丸!お前が猪雄のこと豚って言うから・・・」
「先に言ったのはお前だろ、響炎!」
「二人とも、ただじゃすまないぞ!!」
「「うわあああああああ!」」
「はい、そこまでっ」
さっと一人の黒髪の青年が現れたかと思うと、猪を右手に、左手で狼の頭を押さえ込んだ。
左分けにされた髪は髪留めで上にあげ、長く美しい後ろ髪は、右上でぐっと結び上げられている。
三人よりも年上であろうその青年の顔は、凛々しく品が漂っていて、とても美しい。
「君らはいつになったらその取っ組み合いをやめられるのかな」
「飛鳥さん……!」
ぶわっと風が巻き起こり、三人とも元の人の姿に戻った。
「飛鳥さん、聞いて下さいよー。
こいつ、肉とってこいって言ったのに、木の実ばっかりもいできて……」
「美味しいよ?木の実」
「そんな笑顔で言われてもですねぇ……」
「俺、鳶だから肉も食うけど、木の実の方が好きだな」
「ほらみろ、響炎」
八丸はにやっと響炎を横目で見る。
「でも、おいらも肉食べたかったなぁ……」
猪雄が残念そうに肩を落とす。
響炎は八丸に向き直った。
「それにしても八丸。
お前いつもしっかり獲物三匹くらい捕まえてくるのに、今日に限ってどうしたんだよ?何かあったか?」
すると、八丸は散らばった木の実を集めながら振り返った。
「だ か ら!さっきから話を聞けって言ってただろ!」
「それで喧嘩になったんだな……」
飛鳥が呆れて二人を眺める。
そんな飛鳥の様子を気にせず、八丸は立ち直ると三人に向き合った。
こんなに改まって話をしようとする八丸の様子が珍しかったので、重大な事があったのだと三人は思いこみ、じっと八丸を見つめる。
「会ったんだ…………」
「誰に?」
「とっても美しい人に……この世の人とは思えなかった―……」
無言の空気が漂う。
「まぁたまには木の実も悪くねえ……」
「だろ?響炎」
「あー飛鳥さん!おいらにも!」
「お、お前ら無視するなあ!」
三人とも八丸を背にして歩き出したが同時に立ち止り振り返る。
先にため息交じりに口を開いたのは響炎だ。
「何があったかと思えばそんなことかよ。なんで美人に会うと獲物取れないんだよ」
「あーもしかして捕ろうとした獲物が獣族だった?」
猪雄はぽりぽり頬を掻きながら首をかしげる。
「いいじゃない、恋だねー八丸。水の里の子?可愛い子多いって言うよねーあそこ」
飛鳥もにこにこ笑っている。
「ち、違いますよー!そうじゃなくて……」
ここで八丸はあわてて言葉を止めた。
“人間”だなんて言ったら、みんなに何を言われるか分かっていたからだ。
(人間は敵。そうだ、あの人は人間だった……)
急に心がぐっと締め付けられるような気持ちになった。
「飛鳥さーん?どーこの女の子は可愛くないってー?」
いきなり三人の背後にぬっと人影が現れた。
「やあ、葵ちゃん。別に霧の里の子を可愛くないなんて言ってないよ?」
飛鳥はくすくすっと笑いながら、その少女の頭をぽんぽんっと軽くなでる。
「飛鳥さん!美夜もやってー!」
その少女の陰からもう一人、幼い少女も顔を出した。
耳の下に結ばれた二つ髷がぴょこぴょことその子の体ととものはずむ。
「美夜ちゃんもいたんだね」
飛鳥は同様に頭をなでてやる。
「あ、美夜―……」
響炎が驚いて美夜に目をむける。
「えへへ、お兄ちゃんもいたあ」
美夜は飛鳥の元からささっと響炎のもとに駆け寄る。
「よう、葵。すまないな、また美夜の世話してくれてたのか?」
「こんにちは、葵ちゃん」
響炎と猪雄も親しげに葵に挨拶を交わす。
「こんにちは、皆さんお揃いで。いいのよ、響炎。
ところでこんなとこで何やって―…」
葵は三人の後ろからぴょんっと前に出る。高く結ばれた後ろ髪が揺れている。
「あー!八丸!」
八丸の姿を確認すると指をさして叫んだ。
「げ…葵………」
八丸は一歩後ずさる。
「あんたどこ行ってたのよ!わざわざむかえに来てあげたんだから」
後ずさる八丸の腕をさっと掴むと葵はぐんぐん歩き始める。
「おい、ちょっと木の実が……」
「は?木の実?あんた獲物は?」
「それには訳が……」
「言い訳?狼の集落戻ったらたっぷり聞いてあげるわ」
問答無用といわんばかりに八丸は葵に引きずられていく。
「美夜ちゃん、ごめん。またね!」
「ま、またなみんな!」
「「「おーまたな」」」
「ばいばい、葵姉ちゃん!」
呆然と立ち尽くす三人と大きく手を振る美夜を後に、八丸と葵は狼の集落を目指した。
葵もまた八丸同様、狼の女の子だ。