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山神  作者: 小豆
23/25

二二、汚れた血

厳しい暑さも次第に和らぎ、夕暮れ前の風の涼しさに夏の終わりを感じる季節となった。

ひぐらしの鳴く中、庭の池に向かって鈴花すずかは手を前にかざし、水に浮かぶ木の葉へ意識を集中していた。

木の葉を揺らす水面は、少し風に逆らうかのような動きをする。

カッと目を見開き、鈴花は手元に集中させた霊力を池に向かい放った。

しかし水はぐわんと歪むだけで、再び元の穏やかな状態へ戻ってしまった。


「はぁ……」


溜息をつき肩を落とす鈴花に、後ろから様子を伺っていた朱音あかねが近寄り肩に手を置いた。

慰めるように、眉を垂らした穏やかな笑顔を鈴花に向ける。

「初めはそんなものです。気を落とさないでください。

噴水は、前回習得された波を作る術より難しいのですよ」

優しい言葉をかける朱音に、鈴花は苦笑を浮かべると再び視線を池へ戻した。

「たとえ難しくとも、私は早く習得したいのです」

「それにしても、ここ最近の鈴花様は少し頑張りすぎです。そんなにむきにならなくてとも……」

「いいのです、朱音。今は何かに打ち込みたい気分なのですわ」

キリっと池へ視線を戻す鈴花の横顔を、朱音は心配そうに見つめる。

「何かございましたか?数日前から、鈴花様は少し変です」

「……いえ、何も。変なところなんてございません」

「……それならいいのですが。あ、それと」

朱音はごそごそと懐から一つのふみを取り出した。

「お忘れではないと思いますが、今夜は頌澄ほずみ様との面会がございます。

本日ばかりは修行もほどほどにして下さいね」

鈴花はその文を見ると、溜息と共に肩を落とした。

先日、頌澄から再び面会がしたいと送られてきたものだ。

二度目の正式な面会となると、今度こそ婚約の返事を求められると鈴花は予想していた。

再び二人きりの時間を求められることも容易に想像がつく。

あの時のことを思い出すだけでも、鈴花は全身に寒気を覚えた。

「判りましたわ」

鈴花はゆっくりと立ち上がり重い足取りで朱音と共に屋敷へ戻った。





--------------------




外は薄暗くなり、屋敷に明かりが灯りはじめる。

屋敷中の使用人がばたばたと仕事をしている中、鈴花は自室で朱音に着付けをしてもらっていた。

少し落ち着いた紫色に、朝顔の模様が描かれた振袖。

黄金色の帯を締めて、長い髪を真っ直ぐにくしですくと、

前髪を後ろ毛と結い上げ、蝶があしらわれたかんざしを刺す。

丸鏡に映る鈴花の顔を見て、朱音は優しく微笑んだ。

「お綺麗です、鈴花様」

「……ありがとう」

「しかし、そんな悲しそうな表情では台無しですよ」

「そうですわね」

鈴花は眉を垂らし、僅かに口元を緩めた。

そしてそのまま、ちらりと化粧机に一輪挿しで飾られている花へ目を向けた。

それは、先日八丸から渡されたナデシコの花だった。

日が経ったため、少し弱々しくなってはいるが、なんとか首を立て咲いている。

鈴花はその細い花弁を、割れ物に触れるかの様に優しく撫でながら微笑んだ。

「女性は、いつでも笑顔でいなくてはね」



ガラガラ……


頬紅で化粧の仕上げをしているところに、外から牛車の音が聞こえてきた。

使用人の足音も一斉に玄関へ向かっているのが分る。

「いらっしゃいましたよ」

「はい」

ゆっくりと深呼吸をし、心を落ち着ける。

「鈴花様……また以前のように、術をかけられそうな時は防いだ方がよろしいでしょうか?」

不安を浮かべた表情で問いかける朱音に、鈴花は横に首を振って答えた。

「いいえ、必要ありませんわ。そのような行動をとれば、あちらに不審に思われます。

父上のためにも、私の失礼な行為は許されませんわ。だから朱音……」

鈴花はそのままゆっくり朱音に近づくと、優しく朱音の手を握った。

「私に何かあっても、決して手を出してはなりませんよ」

「……っ!す、鈴花様―……」

優しく微笑む鈴花に、朱音はゆっくりと頷くことしかできなかった。

「それでは、私たちも早くお迎えいたしましょう」




鈴花が玄関へ向かうと、そこにはすでに頌澄と付き人の霧木むぎが使用人や母の菊に迎えられていた。

鈴花が慌ててその中へ入っていくと、すぐに頌澄の目は鈴花を捉え微笑んだ。

深緑色の束帯に身を包み、上品な雰囲気だ。

「これは、鈴花殿。本日はまた一段と美しい」

胡散臭い笑みを浮かべたまま、頌澄は鈴花の元へ歩み寄る。

鈴花は笑顔を浮かべ、軽くお辞儀をして応えた。

「お褒めに与り光栄でございます、頌澄様。どうぞ、奥へ」

鈴花はちらりと母の菊と目を合わせ互いに頷き合うと、頌澄を屋敷の奥へと案内した。



「それじゃあ、ごゆっくり」

部屋につくなり、菊は早々と席を立ち、早くも鈴花は頌澄と二人きりの空間を用意された。

菊も頌澄の意図を察しているのだろう。

「お気遣い頂き申し訳ない」

笑顔で答える頌澄に、菊もほほほ、と上品に笑いながら立ち上がる。

鈴花はすがる様な目を菊へ向けたが、逃げ出したい気持ちが通じる訳もなく、

あっさりと使用人を引き連れ菊は部屋を後にしたのだ。

「さて、鈴花殿」

二人きりになったのを確認すると、向かい合って座っている頌澄が口を開いた。

「言わずとも、私の言いたいことは分っておられると思うのですが……」

にこりと微笑む頌澄の笑顔に、鈴花は思わず引きつった笑みを浮かべる。

「はい、おおよそは……」

ごくりと唾をのみ込み、頌澄の目を見据える。

鈴花の緊張が伝わったのか、頌澄は溜息と共に肩を落とすと、薄っすらと目を開いた。

切れ長の鋭い瞳が、じっと鈴花を見つめる。

「では、婚約のお返事を頂きたいのですが」

瞬時に頌澄の表情は柔らかい笑顔へ変わった。

「私、普段はこれほど気が長くはないのですよ。

けれど鈴花殿の為ならと思い、今まではあなたのご決心がつくまで待っておりました。

しかし月日が経つのは早いもので……そろそろ良いお返事を聞かせてくれませんか?

お父上の光晴みつはる殿に掛け合っても、あなたのご意見を優先したいと言うものでね。

全く、噂通りのなかなか頑固な方だ」

頌澄はクスクスと口元に手を当て笑う。

鈴花は自分の父親が頑固だと言われたことが少し気に食わず、ムッと眉をしかめ頌澄を見る。

「おや、失礼。怒らせるつもりなんてないのですよ」

相変わらずクスクスと笑う頌澄を眺めながら、

鈴花は自分の気持ちを落ち着けようとふぅっと大きく息を吐いた。


(言わなくては。このお話は、お受けできませんと……断らなくては)


頌澄のことを思い出すたびに恐怖に襲われる。

目の前にしている今、恐ろしいほど自分の体が緊張しているのが分かる。

鈴花はこれまで、何度も自問自答を繰り返してきた。

頌澄と結婚して、自分がその生活に耐えていけるのか?

父母の為だと考えても、とてもじゃないが鈴花には耐える自信がなかったのだ。


「あの、頌澄様」


一言口を開くだけで、心臓がうるさいほど胸を叩く。

ぎゅっと膝の上で小さな拳を握りしめ、震える唇を何とか動かし、鈴花は口を開いた。


「……申し訳、ございません。お受けしたお話は――……」


「断るおつもりですか?」


「……っ……!」



鈴花が言い切る前に、頌澄が言葉を遮った。

先程まで笑っていた瞳は鋭く鈴花の瞳を捉える。

ただ一言頌澄が言葉を発しただけだというのに、直後鈴花の全身には寒気が走り、思わず体は固まった。

恐怖で口が開けず、言いかけた言葉も出てこないのだ。


目を見開き驚く鈴花の反応に、頌澄は面白そうにくすくすと笑い出した。

次第にその笑い声は大きくなり、鈴花を嘲るような笑い声が部屋中に響く。

何が可笑しいのか理解できない鈴花が、強張った表情のまま頌澄の様子を伺っていると、

頌澄は何とか笑いを堪えようとしながら口を開いた。

「失敬……ふふ、まさかあなたがそこまで我儘なお方とは。

これほど完璧な男を前にして婚約を断る理由など、どこにあると言うのです?

全く、これだからけがれた血の女の考えは理解できない」


「“汚れた血”?何のことですか?」


「おや?ご本人がご存じ無いとでも?そんな笑い話……冗談でしょう?

巷じゃ有名ですよ。あなたは“汚れた血の貴族”ってね」


「おっしゃっている意味が、分かりませんわ……」


「本当にご存じないのですか?それは可愛そうに……」

頌澄の発した違和感のある言葉に、鈴花は困惑した表情を向けたが、

頌澄は驚いた様子を見せながらもくすくすと笑い続ける。


「そのままの意味ですよ。あなたに純粋な貴族の血は流れていない。

あなたには、賤民せんみんの血が流れている」



頌澄は口元だけ緩ませたまま、鋭い目を鈴花に向けた。

突然の信じがたい言葉に、鈴花の全身は震えだす。


(私の体に、賤民の血が……?)


今まで一度も聞いたことの無い話に動揺が隠せず、鈴花は自分の震える両肩を抱きしめた。

貴族として生きてきた自分の人生が、全て否定されたかのような思いに落ちる。

差別された存在であり、人としての権利すら認められていない賤民と、

貴族である自分が結び付くなど想像したことも無かったのだ。



「よくある話じゃないですか。生活が貧しく子供を養えない賤民の女が、

自分の子供を貴族や豪族の家の前に捨てていく。今も昔も珍しいことではありません」

「嘘……そんなの、何かの間違いですわ。だって私は、貴族出の母上と父上の一人娘で……」

「えぇ、そうです。あなたはお菊殿と光晴殿の娘」

「じゃあ、なぜ―……」

「誰もあなたが賤民の生まれだなんて言ってないでしょう」

淡々と軽い口調で離し続けた頌澄は、ここで一度言葉を切ると声を潜めゆっくりと呟いた。



「お菊殿。彼女もその捨て子の一人なのですよ。

貴方の母上は、賤民の生まれで貴族に育てられた女性だ」





前話から時間が経ってしまい申し訳ありません。

区切りが悪いのですがひとまず投稿。最近こればかりですみません。

誤字脱字の確認も不十分なので、後々読み返し見つけ次第修正しておきます。


また、前回お気に入り登録して下さった方、ありがとうございます!

次話も全力執筆中なので、見捨てずにお待ち頂きたいです。

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