表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
山神  作者: 小豆
2/25

一、出会い

 



それは大昔、まだ人や獣に未知なる力があふれている時代のお話。

町で暮らす良民や差別をうける賤民せんみんの他にもう一つ

山奥でくらす「獣族けものぞく」が、その血を絶やすことなく暮らしている頃の話。

現代、彼らの歴史は流れ行く時の中で、いつしか幻となっていた……





---------------------



 


あたたかい春の日差しが暗い山奥を照らしている。

小川の流れもやさしく、草花もそよそよと風に揺られ、とても和やかな雰囲気が山全体にあふれていた。


しかし、そんな情景とは裏腹に、一人の少年が、必死に逃げ回る野うさぎを全力で追いかけていた。


「待て!俺の晩飯!」


ぼさぼさとした黒髪を、後ろできゅっと結んでいるその少年は、でこぼこしていて走りにくいはずの山道を、人間とは思えないような速さで駆け抜けていく。

もう少しで追いつきそうなところを、野うさぎは必死にかわしていた。

「あー、もう!こうなったらしょうがねぇ……」

そう言うと少年は突然足を止め、目を閉じた。

すると、足下から小さな竜巻のように風が吹きあがり、みるみると少年を包み込む。

ゴォっと音がして、竜巻が消えたかと思うと、砂煙の中から現れたのは先ほどの少年の姿ではなく、一匹の黒い狼だった。


そんなことが起こっている間に、野うさぎは生き延びたい一心で山の中をずんずんと進んでいた。

しかし途中で足音が聞こえなくなったのでほっとすると、近くに見えた小川の畔で休もうとした。


その時だった。


突然後ろから力強い獣の足音が近づいてくる。

野うさぎは驚くと、急いで川に飛び込んだ。

案の定、すぐ後ろからは狼が追いかけてきている。


(よし、捕まえた!)


狼が確信し、川に飛び込もうとしたその瞬間だった。


「まぁ、小さなうさぎさん。溺れているの?今すぐ助けてあげるわ」


一人のきれいな衣を着た少女が、そっと野うさぎを川から救い出した。

その様子を見た狼は、飛び出そうにもなぜかその少女の美しさに目を奪われ、立ち止まってしまった。

艶やかな黒髪を風になびかせ、前髪は上で結ばれ、かわいい髪飾りがついている。

白く輝くその肌はとても美しく、やさしげな瞳で野うさぎを見つめていた。


 狼がそっと後ずさりしたとき、小さな小枝を踏んでしまった。

その音で何者かの存在に気が付いた少女は、はっと顔を上げる。

その瞳は狼と交わった。

「あら、かわいい子犬さん。あなたがこのうさぎをいじめていたの?」

「お、俺は子犬じゃない!」

すると、また狼の足下から小さな竜巻が巻上がり、その体を包んだかと思うと、

砂煙の中からは黒髪の少年が姿をあらわした。


八丸はちまるだ。あと、犬じゃなくて狼な」


その様子を見た少女は、一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに微笑みを浮かべ八丸に向き合った。


「八丸様ですね。鈴花すずかと申します。獣族のお方でございましたか」


「鈴花、さん…あ!今、獣族って……」

「あら、だって先ほどまで狼の姿でいらしたじゃない」

「その…俺たちの決まりでは、人間に自分の人の姿を見せてはいけないとあって……」

八丸は思わず口ごもった。

自分でも、どうして今人間の姿に戻ってしまったのか分からなかったのだ。

ただ、少女に子犬と呼ばれたとき、八丸は無性に否定したい気持ちに駆られた。

「い、今のは事故だ!事故!」

「あら、そうなんですか?大丈夫です、誰にも口外なんて致しませんのでご安心を」

にっこりと微笑むその笑みは、まるでたんぽぽの花のように柔らかな優しさを感じる。

「鈴花と、お呼び下さい」

「俺の方こそ、様だなんて……」

「じゃあ、八丸さんですね」


山の木々が風にゆられてさらさらと音を奏でる。気がつくと二人は見つめ合っていた。


「あっ、それで、この子なんですけども……」

急に鈴花の視線が腕に抱かれた野うさぎに移る。

「見逃してあげてはくれませんか?」

「そうは言われても、俺たちの晩飯が……」

「殺生などしなくとも、山の木の実や果物を食べれば良いのです」

鈴花のせがむような瞳を見たら、八丸は野うさぎを狩るのがかわいそうに思えてきた。

そして不思議と、彼女の要求に応えてあげたいという気持ちが沸き起こる。

「まぁ、元から人の臭いが移った獲物なんて、

怪しがられるから持って帰れないしなぁ…」

「それって」

「と、特別だっ」

「良かった!」

安心した鈴花は、何度か野うさぎの頭を撫でてやると、そっと放してあげた。

すると突然、遠くの方から女の人の声が聞こえてきた。

「鈴花様―!どちらにいらっしゃるのですか!鈴花様―!」

「いけない、朱音が探しているわ。もう行かなくては」

走り去ろうとした鈴花を、八丸は呼び止めた。


「あの!また……会えないかな?」


振り向いた鈴花は驚きの表情を浮かべていたが、すぐに八丸に真っ直ぐ向き合った。

「それでは、またこの小川でお会い致しましょう。

 ここですとまたばれてしまいますので、もう少し…遠くに見える柳の木の下で」

最後にもう一度微笑むと、鈴花は声のする方へ走り去っていった。

「朱音!私ならここよ」

「あ!鈴花様!いったいどちらへ……」



二人の声が聞こえなくなると、八丸は人間の姿のまま、山奥へ走り出した。

途中で木の実を両手にいっぱい採ると、さらに奥へ奥へと進み、

二本のイチョウの木が並ぶところへ出た。

辺りは霧で覆われていて、イチョウの木と木の間はよけいに濃い霧でおおわれているので、先が全く見えない。

しかし、八丸は躊躇せずにその木々の間をくぐり抜けた。

すると、不思議なことに、くぐり抜けたとたん霧が晴れ、ひとつの村が現れた。



ここが八丸達、獣族の住む村「きりの里」だ。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ