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山神  作者: 小豆
12/25

十一、豪族の男

2011/12/12

大幅に訂正を行いました。



「おはようございます!鈴花すずか様!!」




バタンと襖を開ける音と共に、朱音あかねが大きな声で鈴花の部屋に入ってきた。



目を覚まして間もなかった鈴花は、すこし迷惑に思いながらも笑顔をつくる。



「おはよう、朱音。今日はまた一段と早いのね」




「はい。また朝食前からどこかにお出かけされては困りますので」




「あら、そんなに心配しなくてもどこにも行きませんわ」


「鈴花様はいつもそう言われていなくなるではありませんか」

朱音は呆れた様子で肩を落とす。

「それに、今夜は大切な面会がございます。それまでにやるべき事はたくさんございますよ」


「分かってますわ」


鈴花は朱音に着替えをを手伝ってもらうと、いよいよ自分の部屋を出た。




そう。今日は先日、鈴花の父である光晴と約束をした日だ。

鈴花に求婚している男と合う。



鈴花は男がどんな人物なのか楽しみな反面、不安だった。

光晴の話では、財力も権力もある好青年だと言う。

普通なら、それを聞いただけで婚約を受け入れるだろう。



しかし、鈴花は違った。

今までもその美貌のためか、何人もの男に言い寄られたが、全て断っている。

会って、会話をして、父に謝る。いつもその繰り返しだったのだ。



(しかしいい加減、私も我が儘を慎まなくてはいけませんわ。父上や母上の為にも、娘として―……)



何度も何度も自分に言い聞かせている。




「ねぇ、朱音」


食事を済ませ、屋敷の長い廊下を歩きながら、鈴花は朱音に問いかけた。

鈴花はふと足を止めて振り向き、小首を傾げる朱音を見つめた。

襟足から長く垂れ下がる細い二本の三つ編みが、朱音の肩ではらりと揺れる。

「何でございましょう?」


鈴花はすっと目を細めた。口元は滑らかな弧を描く。


「頼りにしておりますわ」


「えっ?」


「今夜はとびきり美しい化粧を頼みますね」


ふふっと小さく笑うと、鈴花は再び正面を向き廊下を進んだ。



「は、はい!勿論でございます!」


朱音は少し戸惑った様子を見せたが、すぐに慌てて鈴花の後を追った。





---------------------






 日が暮れ、町中に明かりが灯る。

いよいよ約束の時間が近づき、鈴花は化粧の仕上げをしていた。

鮮やかな深紅に華やかな金の菊の刺繍が施された振袖に身を包んでいる。

前髪は上にくくられて、きらきらとした髪飾りがついており、透き通るような白い肌は、赤い着物のなかでより一層輝いて見える。

真っ赤な口紅を塗りなおした頃、丁度外から牛車の音が聞こえてきた。

使用人たちが慌ただしく動き回る音の中に、陽気な男の声も聞こえてくる。


光晴が屋敷に着いたのだ。


鈴花は瞳を閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。



「では、参りましょう」






屋敷の入り口にはすでに着飾った母の菊が、多くの使用人たちと共に光晴を出迎えていた。

鈴花もすぐにその中へ入る。

「おお、お菊に鈴花!今日も美しいのう」

「お帰りなさいませ、光晴様」

「お帰りなさいませ」

菊に続き、鈴花も光晴に頭を下げた。

顔を上げると、光晴のすぐ後ろに、使用人たちよりも上等な恰好をした男が二人いることに気付いた。

手前の一際目を引く男が、今回の縁談相手である男だろう。

鈴花はすぐに、光晴の絶賛していた意味が分かった。

色白に凛々しい顔立ち。品のある薄い口元には小さなほくろがあり、少し色っぽく見える。

左に流された前髪が、ふわりと風揺れていた。


(好青年というよりも色男って感じだわ。わたくしの好みではありませんけど)


そんな風に観察していると、鈴花の瞳ははたと男と交わった。

鈴花は無意識にじろじろと見てたことが恥ずかしくなり、思わず目を逸らした。

そんな鈴花を見て、男はふわりと笑いかける。

「光晴殿、ご紹介を」

「おお、そうであったな」

男に施され、光晴はごほんと咳払いをすると、鈴花の方へ手を差し出した。

「こっちが一人娘の鈴花に、妻のお菊だ」

鈴花と菊は、男に向かって頭を下げる。

「娘の、鈴花でございます」

鈴花は精一杯の上品な笑顔をつくった。

「鈴花、こちらが今回縁談を持ちかけて下さった豪族の若殿、頌澄ほずみ殿だ」

「頌澄と、申します」

光晴の紹介を受け、男も軽く頭を下げる。

「こっちは、私の付き人の霧木むぎ。鈴花殿、噂通りお美しい方だ」

うっとりとした笑みを浮かべる頌澄に、鈴花は慌てて首を振った。

「め、滅相もございません」

そんな鈴花の様子を見て、光晴は豪快に笑う。

「はっはっは!鈴花も初心よのう」

そんな光晴につられて、菊もほほほっと笑った。

「まぁまぁ、立ち話もなんですし、どうぞ、奥へお越しください」



二人が屋敷に通され、いよいよ席に着くと、早速光晴は頌澄のすごさを語りだした。

暫く四人で話し、一段落ついたところで頌澄が口を開いた。


「あの、鈴花殿と二人でお話をしてみたいのですが」



「えっ」


突然の提案に、鈴花は思わず驚きの声を漏らした。


光晴と菊も、一瞬驚いた表情を見せたが、直ぐに笑顔を浮かべた。


「ほほ!そうであるな!いつまでもわし等が居ては、若い二人にはお邪魔だのう」

そう笑いながら、光晴と菊は立ち上がる。

「ほれ、おまえ等もこの場はもう良いから、屋敷の仕事に移りなさい」

使用人も部屋から追い立てられる。


「あの、鈴花様―……」

朱音が心配そうに鈴花に話しかけたが、それを鈴花よりも先に頌澄が遮った。

「付き人は、部屋の外に待機してもらっても構わぬぞ。霧木にも、そこにいてもらうのでな」

すると、霧木と呼ばれた男は立ち上がった。

鈴花は、氷のように冷たい表情をする男だと思った。

つり目にきっと結ばれた唇。

瞬きすらしていないのではないかと思うほど、無表情だった。

「…………そなたは」

「あ、朱音と申します」

きっと冷たい視線が朱音に注がれる。

そしてそのまま、朱音も霧木に連れられて部屋の外へ追い出され、とうとう部屋には鈴花と頌澄の二人になった。




初対面の男と突然二人きりになり、鈴花は体が緊張で強ばるのを感じた。

「やっと、二人きりになれましたね」

にこりと微笑む頌澄を見ても、少しも安心できない。

笑顔を崩さぬまま、頌澄は少しずつ鈴花に歩み寄る。

「あの、どうしてー……」

鈴花は反射的に少しずつ後ずさるが、いよいよ背後に壁が当たる。

へたっと座り込む鈴花の上に、突然頌澄は覆いかぶさった。

顎をくいっと指で持ちあげ、頌澄は鈴花の目を覗き込むように見つめる。

あまりにも顔が近いため、鈴花は目を逸らすこともできない。


(何、この人―……!)


抵抗するという考えが鈴花の脳裏をよぎったが、決して無礼な態度は許されないことを思い出す。

無言で見つめあっていると、頌澄の口元が不敵に微笑んだ。


「美しい…………」



ゾワッ


その言葉に、鈴花の全身を寒気が襲った。

「あ、あの……」

「美しい、本当に美しい」

鈴花の言葉にかまわず、鈴花の瞳を見つめたまま頌澄はただ繰り返す。

「なんと美しいのだろう」

そっと頌澄の指が鈴花の輪郭に沿って這う。



「そなたの瞳に映る私は、一段と美しい……」


(―…………え?)



鈴花ははっと気づいた。


(この方、私の目に映る自分を愛でているのだわ!)


途端に、勘違いをしていた恥ずかしさと、頌澄の自己陶酔ぶりに落胆した感情が一気に込み上げてくる。


(確かにそこらの殿方よりは美しいですけど、こんなにうぬぼれた方は初めて……)


鈴花が何も言わずに固まっていると、頌澄は突然鈴花から離れた。

立ち上がり、少し離れるとまた振り返る。


「鈴花殿、あなたは噂以上に美しい方だ」


(今度は、褒められている?)


それでも、鈴花は少しも嬉しさを感じなかった。

しかしここで無愛想にしてはいけないと思い、精一杯笑顔を作る。

「ありがとうございます。ほ、頌澄様こそ、美しい顔立ちですわ」

相手を褒めることを忘れない。もちろん、鈴花にとっては社交辞令の言葉だ。


「そう、私は美しい」


鈴花の目をまっすぐ見つめながら、また頌澄は微笑む。

その様子は先ほどまでの人物と、まるで別人のようだった。


「そして私には、金も力もある」


まるで自分に言い聞かせるように語る。


「これまでも、多くの女性に言い寄られてきました。

私は全てに愛される存在。この世に必要とされている。

そして、欲しいものは何でも手に入れてきた」



「まあ」


鈴花は頌澄の陶酔ぶり、何とも言えず、ただ驚いた声を出す。


「あなたもですよ、鈴花殿」


「えっ?」


戸惑う鈴花に、再び頌澄は歩み寄る。

畳に膝をつき、鈴花と視線を合わせると、そっと手をとった。


「あなたを一目見た瞬間に欲しくなった。こんな気持ちは初めてだ。

今私は、自分以外に美しい存在を初めて目にしている。

あなたは私の側に寄り添うのに相応しい女性だ」


握られている手に力がこもる。


「世の男は何人もの妻を持つが、私はあなたさえ手に入れば他の女性など興味はない。

あなたが今の妻たちを捨てろと望めば捨てますよ。

むしろ、あなた程の美貌を持ち合わせた女性など他にいないでしょう」



鈴花はあまりに大袈裟な言葉にたじろみながらも、笑顔を浮かべた。

やはり頬は引きつる。


「そんな、大袈裟ですわ」

「大袈裟などではございません」

頌澄はふふっとまた笑みを浮かべる。


「確かに、妻の数などあなたへの気持ちの証明にはならないでしょう。

現にあなたの父である光晴殿が菊殿しか持たないのだから」


「何が言いたいのです?」

鈴花は警戒した眼差しを頌澄に向ける。

「そんな目で見ないでほしい。私はただ、どうすればあなたの興味を引けるのか考えているのです」


握られた手の指と指が絡まる。


「私はあなたの体だけ欲しいわけじゃない。心も、全て欲しいのですよ」


甘い吐息が鈴花の耳元へかかる。



「私なら、あなたの望みを全て叶えることができる」



頌澄の再び浮かべた笑顔をみて、鈴花の頭には二つの文字が浮かんだ。




危険。



この人は危険。



光晴と菊の顔が頭に浮かんだが、鈴花は頌澄と一緒になるなど耐えられないと思った。

きっと、恋は違う。

こんな不気味な感情は、私が求めているものではない。

頌澄が言葉を発するたびに、寒気が背中をゾクリと襲う。


鈴花が決断を言葉にしようとした時だった。



「……このお話は、きちんと縁談が成立してからお話しようと思っていたのですが」



突然、頌澄が意味深な言葉を発した。思わず鈴花の中の好奇心が騒ぎ出す。


「お話、とは?」


「どうもあなたの様子を見ていると、今までの姫君のようにはいかないようなのでね」

まるで鈴花の心を見透かしたような、勿体ぶった言いをする。

「私の興味をそそるようなお話でしょうか」


鈴花は新しい玩具を見つけた子供のような眼差しで、頌澄を見つめる。

そんな鈴花に、頌澄はにやりと微笑んだ。







「 “山神”を、ご存知ですか?」





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