第68話 サキニススム
おはにちわ、らいなぁです。
最高学年で進学関係が忙しい、らいなぁです。
ようやく投稿できる68話。今月はもう、投稿できそうにない69話。
ホントごめんなさい。余裕なくて。
まだまだ終わりそうにないですし、大変ですねこれは。
では、お楽しみください。
「…………」
言葉の出し方を忘れてしまった。
そう思うくらい、俺には出す言葉も思いつく言葉もありはしなかった。
だってそうだろう? 10年近くも会ったことのなかった父親が、唐突に、このタイミングで目の前に現れたのだから。取り乱さないほうがおかしいってものだ。
「……で、それを俺に信じろと?」
口には出してみたが、俺はもう感づいている。この男が紛れもなく前原良太郎であると。
なにより、円が良太郎だと言うのなら、こいつは良太郎以外にはあり得ない。じゃなければさっきの口論も、戦闘も、意味がなくなってしまうのだから。
「信じてくれると思うよ」
円との話をどこまで聞いていたかは知らないが、男は確信に満ちた表情で断言する。
やはり間違いも勘違いもない。この男は俺の……父親だ。
「……そうだな。円が肯定したのなら間違いないか」
諦めに似た感情を抱きつつ、俺は吐き出すように認めた。
昔に円が見せてくれた写真より若々しい印象を受けるが、こいつが良太郎であることは紛れもない事実。父親が嫌いな俺にとっては認めたくない事実ではあるが、それよりも今は優先すべきことがあるから後回しだ。
「今さら何をしに現れた」
姉貴が死んだ後のこのタイミングで家族が揃うなんて、まるで誰かが図ったとしか思えない偶然だ。もし誰かが意図してこの状況を作り出したのなら、それは前原良太郎以外にありえない。
円は良太郎が絡むと役に立たないし、屋上には監視カメラがない。仮にさっきの爆発音を聞いてみんなが駆けつけたとしても、前原家の事情を理解していないあいつらに良太郎の真意を測れなんて無理な話だ。
ここは俺がなんとかするしかないのだが……
「さて、何をしにでしょう? 当ててみる?」
第一印象からして予感はしていたが、こいつは俺が苦手なタイプだ。
どこか軽薄じみていて、人の入られたくない場所にまで土足で入り込んでくるような距離感。かといって軽い男というわけではなく、心の奥底ではなに考えているか分からない不気味さを内包している。老若男女問わず、俺はこういう掴み所のないやつが大嫌いだ。
もっとも、俺が良太郎に評した言葉の数々は、他人から見た良祐と似ているということを、このときの俺は知らないのだが。
「お前と言葉遊びする気はない。答えろ」
良太郎はせっかちな子だとでも言いたげに頭を振り、途端に眼光を鋭く変える。
一瞬にして場の空気が変質し、戦場さながらの殺伐としたそれになった。
俺は瞬時の変化に驚愕し、そして同時に理解する。
「さっきから気になっていたんだけど、親に対する言葉遣いがなってないぞ、良祐」
この男……俺を殺す気だ、と。
背中に冷や汗が伝うのを感じながら、精一杯の皮肉を込めて笑う。
「アンタも、子供に対する接し方がなってないぞ」
長らく会ってない父親の実力は未知数だが、おそらく俺より上であることは間違いない。じゃなければ、ひた隠そうとしている手の震えの説明がつかない。
アーティほどじゃないにしろ、この威圧感は湊や田代さんたち傭兵より上。ただの高校生が太刀打ちできるレベルじゃないだろう。
しかし、それでも俺は拳を上げた。呼応するように良太郎も構える。
一触即発。後ろで未だにへたり込んでいる円も、とめる様子はない。
「いいねぇ。初めてだよ、親子ゲンカッ!」
良太郎が場違いな感想を漏らしつつ、踏みしめたコンクリートを蹴る。
「言ってろっ!」
半瞬遅れながら、俺も弾かれたように駆け出した。
最初に視線が交錯し、次に拳が交錯する。
放たれた二人の拳は、お互いの頬に吸い込まれて炸裂した。
『――――ッ!!』
くっ、〝合わされた〟。
アイツ、避けられるくせにわざとクロスカウンターを狙いやがった。
しかも刹那の攻防で全力を出し切れなかった俺に比べて、なんて重い一撃。歯を食いしばらなかったら意識を持っていかれていたぞ。
「ハハッ! 軽すぎるぞ良祐!」
「……んなこと! 言われるまでもねぇ!」
離れかけた距離を詰め、再び視線が交わる。
お前の拳は軽いんだよ――やつの眼が語る。
言われなくてもわかってる――俺の意思が眼光に宿る。
今このとき言葉なんてものを用いなくても、俺と父親は間違いなく理解しあっていた。口を動かす必要はない。ただ眼が語るままに、その意思を乗せて拳を交え合うのみ。
『――――――!!』
唸る豪腕が目前に迫る。屈んで回避した先では膝が飛び、両腕で防ぐものの受け止め切れずに弾き飛ばされる。すぐに体勢を立て直してもう一度距離を詰める。今度は先手必勝とばかりに右ジャブを繰り出すが回避され、左フックも頭を逸らして回避された。
それからはただ、一進一退の応酬が繰り返される。
だが、状況は劣勢にも関わらず、俺の思考は戦闘には介在していなかった。
――軽い。その言葉が、ずっと俺の中を駆け巡っていたのだ。
確かに俺は、自分でも認めるぐらいに軽い存在だ。姉を失い、母親を失い、仲間を失い、存在を否定されている現在の状況で、一体なにを拠り所にして生きていこうというのか。生きる意志のない生物は生ける屍のようなもの。はたしてそうなって存在していると言えるのか?
答えは否だ。
思えばゾンビが発生した最初から、俺は仲間や家族のために全力を尽くしてきた。
恐怖や驚愕を感じるより先に、仲間たちを生き残らせるために戦ってきた。
ゾンビの正体が、元々町の人たちや同級生でも、躊躇いを感じるといった感情をすべて置き去りにして、みんなを守ってきた。
誰かが死んでも、生き残るために悲しみすら置き去りにしてきた。
それほどまでして守りたかった仲間や家族は、置き去りにした感情に押し出されるように俺から離れていく。
もう、いいのかもしれない。
軽くなった拳で誰を守れる? 生きながら死んでいるやつに誰がついて行く?
誰も守れない、誰も救えない、誰も隣にいない。
2年前にそうであったように。
俺は孤独だ。
孤独から救ってくれたあいつらのために戦ってきたが。
最後はやはり、孤独に戻る。
ならばいっそ。すべてをさらけ出して。
俺自身のために戦え!
「――殺スッ!!」
さっきの攻防でダメージを受けた体に活力が戻る。コンクリートを踏みしめた足には限界を超えた力が集まり、微かにコンクリートがひび割れた。視界がゆっくりと朱に染まる中、鋭敏化された五感が血のニオイを嗅ぎ、3つの心音を聞き、良太郎の瞳を映す。
初めて見た父親の瞳には、真紅の眼をした化物の姿が映っていた。
「マズイッ!」
そう言いながら、一息に眼前まで迫った良太郎の表情は、子供を心配する親のようだ、と。頬を殴られて空中を浮遊しながら、考えていた。
コンクリートに体が落ちる。
強烈な頬の痛みに、全身の痛みが加わった。
「い……っぅ!?」
あまりの痛さに悶えつつ、上半身を起こしてバカ親父を睨みつけた。
「いってぇぞバカ親父!」
「や―、すまんすまん。加減を忘れた」
バカ親父は悪びれた様子もなく、笑いながら歩み寄ってくる。その足取りにはさっきまでの勢いはなく、もう戦う気はないようだった。
「それに、お前が間違った道に進もうとしていたからな。
バカ息子を更生させるのは、この天才考古学者である親父様以外にありえないだろ」
「…………」
「……冷たいねぇ、お前」
半眼で睨む俺に、バカ親父は苦笑いを浮かべるだけだった。
なにを言うでもなく、表情を変えることなく、手を差し出してくる。
ああ、やっぱり。こいつは俺の親父なんだなぁと思って。
俺は手を取って立ち上がった。
握る手はゴツゴツしててどこか暖かい。俺の知らない感覚だ。
俺の知らない……感情だ。
「でもまあ……」
親父の声に顔を上げる。
その顔は、腹立つぐらいに笑顔だった。
「認めてはくれたみたいだな」
いつの間にか俺が親父と呼んでいたのに気付いていたのか、どことなく嬉しそうな親父から顔を背ける。恥ずかしさから頭を掻いていると、無意識に口角が上がろうとしていることに気付き、苦笑いに変える。
「…………うるさい」
皮肉なものだ。
母親と家族の縁を切ろうとしたときに、父親が家族の縁を守ろうとするだなんて。これじゃあ俺が悪者みたいじゃないか。
いや、実際俺は悪者なんだろう。姉貴を死なせた挙句、母親に捨てられて、すべてを捨てて逃げ出そうとしている俺は、紛れもなく間違っている。それでもその選択をしてしまうのは、罪の意識から沸き起こった感情のせいだ。
呆然と親子の攻防を見ていた円を見る。
彼女に対する罪悪感と、本音を告白されたときの表情。
あれが俺の中の、ぐちゃぐちゃした思考と混ざり合い、間違った選択へと導く結果になった。
だから親父は止めようとしたのかもしれないし、選択に疑問を抱かない俺を正気に戻してくれたのかもしれない。
「お前が堕ちなくて良かったよ」
正気に戻してくれたからこそ、言葉の意味を考察する余裕ができた。
たとえそれが、地獄のふたを開けることになったとしても。
俺は言葉の向こうにある、真実を知らなければならない。
「知ってるんだろ?」
笑うわけでもなく、訝るわけでもなく。
真剣な表情で、親父を見据える。
「俺の正体」
視界に映る親父はなにも言わない。こちらに眼を向けたまま、無表情に沈黙を守る。
チラッと円へ視線を向けると、見るからに困惑した様子で親父を見つめていた。
彼女はなにも知らないのだろう。一言も発さないことからも、急転する状況についていけてない可能性が高い。もっとも今は、円に1から説明している暇はないのだが。
視線を親父に戻し、眼で答えを問う。
「…………はあ」
粘ったのが功を奏したのか知らないが、固く結ばれた口が開き、ため息がもれた。
「ああ、知ってるよ」
自分で問いかけておきながら、知ってると言われた瞬間、不覚にも心臓が跳ねる。
逸る気持ちを抑えて問いかけようとするが、それが音になる前に遮られてしまう。
「ただし、それは俺ではなく彼女の口から聞くべきだ」
「……え? 彼女?」
言葉の意味がわからずに首を傾げる。
親父は俺から視線を外し、俺の後ろへと向けた。
視線を辿り、振り返った俺は、白の少女を垣間見る。
――そこにはアーティがいた。
「アーティ……お前……」
やはり、真実は彼女が持っていたのか。
予感はしていた。アーティが真実に関わっているだろうなと思っていた。
多くを語ろうとしないアーティの言葉を待ち続け、ついに知り得るときがきた。ただそれだけだ。それだけなのに……
なぜ、お前はそんな悲しそうな顔をする。
なぜ、俺はこんな胸が苦しんだ。
……いや、本当はわかっている。
アーティの悲しそうな顔の意味も、俺の胸の苦しさも。
抗えない自分の運命に悲しむ少女がいて、少女を救うことのできない自身の無力さに苦しむ少年がいる。でも先に進むしかないから、少年は言わなければならない。
どんな結末が待っていようとも。
「アーティ。俺は一体……何者なんだ?」
存在の根底を揺るがす真実だとしても。
「あなたは……」
夢も希望もないとしても。
「あなたは、変革する細胞によって進化した新人類。
第二変革人類――セカンドノイドよ」
前に進むしか、道はないのだから。
いかがでしたでしょうか?
腕が鈍って仕方ない気がします。まだまだですね、僕も。
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