第67話 前原良太郎
おはにちは!
今回、文字数はいつもと変わらないんですが、ストーリー的に見れば全くもって進んでません。
次回の話が長くなりそうなんで、区切りのいいところを選んだらここだったんですよ。
本当は前回の末尾に増やしても良かったんですけど、既読の読者様には不親切だなと思い、一つの話として投稿した次第です。
誠に勝手ながら、どうもすいませんでした。
では、お楽しみください。
円を解放するために俺にできること……か。
母親を解放だなんて、考えてみれば頭のおかしな奴の奇行まがいの行いじゃないか。それをしようだなんて、狂った事態が連続しているせいで、俺も頭をやられたかな。
まあ、もっとも、俺としては、いろんなシガラミから解放されたいだけなんだがな。
解放されたいのは俺の方なんだよ。あんたじゃないんだ……円。
「そろそろ教えてくれないか? 真実ってやつを」
胸中なんておくびにも出さず、俺は自分自身のために優しさを演じる。
シガラミをなくしてしまえば、俺を縛るものはなくなる。どこでなにをしてようが、俺がどうなろうが、心配もされないし、助けにもこない。
結局、俺が求めていたのは自由だったのかもしれない。
2年前のあの日から、ただ、自由だけを。
「そうは問屋がおろさねぇってものさぁっ!」
「!? 誰だ!」
俺の思考と一致するようなタイミングの言葉が、イベントスペースの天井の向こうから聞こえた。それは俺に、驚きと恐怖にも似た感情を抱かせる。
もっとも、今の言葉は俺の思考に対する投げかけではなく、俺の円に対する言葉に投げかけたようだったが。
「な、なんですか?」
円と二人、声が聞こえた天井部分を見る。
しかし二の言葉が聞こえることはなく、しばらくの静寂が辺りを包んだだけだった。
なんだ? 男の声か? ていうかなんで天井から聞こえてくるんだよ。
疑問が尽きることはなかったが、ともかく今の状況はマズイ。
もし、上にいる男が精神異常者の類なら、間違いなく俺たちに襲ってくるだろう。俺は武器を持ってないし、円も俺と同様のようだ。
いくら身体能力が高い俺と円とはいえ、刃物や銃器を持っている奴を相手にどこまで立ち向かえるか予測できないぞ。相手の戦闘能力次第では、いかに円でも、良くて重症、悪ければ死もありえる話だ。それだけはなんとしても避けたい。
「……! …………ふっ」
ふと、考えてたことに矛盾を感じ、ついつい笑みがこぼれる。
まったく、俺っていうのは本当に都合のいい奴だよな。さっきまで母親とは思わないとか、解放されるだどうのこうの言っていたくせに、いざこんなことになれば、真っ先に円の心配をしてやがる。本当に、都合のいい奴。
そんなことを考えていると、天井からカシャカシャと、なにかの作業音が聞こえてきた。
俺は頭を振って、今までの考えをすべて意識外に放り出した。
母親がどうのこうのって話は、今することじゃないしな。
俺は思考に回していた脳を使い、天井上に感覚の手を伸ばす。
どうやら人の気配は一つしかしないようだが、不思議にいやな予感がする。不意に背筋を舐められたような、心臓が一際大きく跳ねる感じのような、寒気がするような……そんな……悪寒。
「ふせろっ!」
「――――ぇ?」
なにが起こるか悟ったわけではないが、予想できる範囲の中で最悪のケースを想定し、俺は円を抱きかかえて横っ飛びにその場を離れた。
――瞬間、爆音と共に天井の破片が降り注ぐ。
「ば、爆発ぅ!?」
驚愕の表情で固まる円をよそに、最悪のケースが予想通りになってしまった俺はというと。
「ったく、C4(プラスチック爆薬)でも使ったってのかよ。非常識すぎるな」
円に覆いかぶさる状態だったので、体を起こしながら非常識な相手の姿を探っていた。
天井を爆破した奴はまだ上にいるようで、爆破の煙とコンクリートの土煙で姿は見えないが、シルエットだけなら目視でも確認できた。
どうやら体格だけは良いようだ。精神方面では期待できないかもしれないが。
「おいっ、天井爆破した非常識なおまえ。おまえは誰だ」
円に手を差し出しながら、視線は天井に開いた穴から外さず問いかける。
視界の端で円が、さっきとは違う俺の行動に驚いて、手を取るか悩んでいるのが見えたが、俺はそれに気付かないふりをして、天井の穴を一心に凝視していた。
すると煙に映し出されたシルエットが、頭をかきながら、穴のふちに手をかけたのが見えた。
「悪い悪い。穴が開いたらすぐに降りようとしたんだけどな、予想以上の高さでビビッちゃってさぁ。ははっ、失敗失敗」
なぜだかフランクな人物だったが、俺は経験上から警戒を緩めることはしない。
そいつは天井のふちから一気に身を乗り出し、煙の中を通過、風を巻き起こしながら、6~7メートルの高さから見事に着地してみせた。煙の中を通ったからだろう。上方にある煙が尾を引き、人1人分が通った跡を作り出している。着地の風圧でライダージャケットがふわりと舞い上がり、まるで黒い羽のようだった。穴の開いた煙と合わせて、幻想的な印象を強く受ける。
これは素だろうか? 演出だったら質が悪いぞ。
「……で、誰だあんた?」
言われ、顔を上げた男は、黒い短髪に凛々しい顔立ちをした、どこにでもいるちょっとカッコいいオジサンだった。少なくとも精神異常者には見えない。っつか、ライダージャケットにジーンズ似合い過ぎだろう、このオッサン。
そのカッコいいオッサンは、俺の言葉になぜか悲しそうな顔をして、目をそらす。
「誰だ……か。仕方がないとはいえ、それはちょっと寂しいなぁ」
「……? 何を言っている?」
言葉の意図することがわからず、首をかしげる。
オッサンは俺の反応に余計、悲しみを滲ませて、ため息をついていた。
「まあ、んなことはどうでもいい。あんたは誰だ」
未だ立ち上がらない円をよそに、今度は強い口調でオッサンに問いかける。
円との話を邪魔された苛立ちも含んだ強い口調で。
「俺の正体は……知ってるだろ?」
「……はぁ?」
オッサンの無駄な笑顔に段々ムカついてきた。
なんだよそれ。知らねぇから聞いてんのに、知ってるだろって。
「まるで俺がエスパーみたいな言い方しやがっ…………?」
……俺が? いや、違うだろ。ここには俺とオッサンの他に、もう1人ヒトがいるだろうが。
こんな奇人変人を知ってそうな、もう1人が。
思い至った瞬間、驚きを通り越して呆れてしまった。
「おい、円。知り合いは選んだほうがいい……ぞ……」
だが俺は、円の顔を見た途端、無意識のうちに言葉を出すのを躊躇った。
「……そん……な……!」
それは、生まれてこの方初めて見る母親の表情が、妙に衝撃的だったせいか。
それとも、
「どうしてここに……?」
まるで、長年連絡の取れなかった恋人と再会したような、そんな少女の顔をしていたせいか。いや、この場合はそれだけじゃない。俺が言葉をなくしてしまったのは、そう感じてしまった俺の思考が、ある可能性を直感してしまったからに他ならないだろう。
円が、長年連絡の取れなかった恋人と再会した少女の顔をしているのなら、
「良太郎さん……!」
相手は円の夫以外に有り得はしないのだから。
俺の父親以外に、
「嘘……だろ……」
ありえはしないのだから。
「やあ、円。それと…………息子くん」
いかがでしたでしょうか?
……この短い話の中でいかがもへったくれもありませんが。
次回はちょっとだけ、物語の核心に触れるお話をする予定です。
御意見御感想をお待ちしています。