第65話 崩れ去る絆
今回、真実の解明には至りませんでした。
後数話ほど話を挟んでから解明する事にします。
お楽しみください。
長い。
長い、夢を見ていた。
前原の家に生まれ。
円さんと出会い。
親父と出会い。
姉貴と出会い。
理奈と出会い。
サクラと出会い。
ここに至るまでの、16年間。
走馬灯と言えなくもないが、それとは明確に違うモノ。
……あれ? 理奈と出会ったのは、サクラの後じゃなかったっけ?
疑問が、意思を封じ込める殻を、突き破った。
途端、重力の戒めが、体に降りかかる。
非現実的な現実が、突然、現実的な現実に早変わりする。
――光が灯ったまぶたを、ゆっくりと、開けた。
まず目に入ったのは赤みがかった髪の毛だった。
デジャビュっていうかいや体験したことはあったが何ていうか二度も三度も同じ事が起こると俺頭おかしくなったかっていうか。
湧き起こる思考の山に、とりあえず思考をするのをやめ、現状把握に努める。
赤みがかった髪の毛に林名高校の制服を着ていることからも、そいつが理奈である事を認識し、場所はどこだ? と、辺りを見回した。
むき出しのコンクリート壁が真っ先に視認できて、ここが警備室の一室である事が分かる。
理奈はイスに座ったまま、頭を一定のリズムでコクッコクッと振っている。
寝てんだろうなぁ、と口に笑みを作りながら見ていると、理奈は、体を後ろに大きく仰け反らせた。
「あぶなっ――!?」
倒れ掛かる体を大急ぎで抱きとめ、ふぅと安堵の息を漏らした。
理奈の頭が左肩に乗っかって、女性に撃たれた傷が少し、痛む。
しかし理奈の暖かさと人の重さに、痛みはふっと消えた。
「あるぇ?」
呂律が回りきってない口調ながらも、理奈は目を覚ました。
「良?」
「それ以外に何に見えるんだ?」
失笑しつつ、少し意地悪か? と思った。
「……良にしか見えない」
それを意に介さず、理奈は驚きの表情で顔を寄せてくる。
左肩に顔が乗っかっているのに顔を寄せるな。
近すぎる理奈の顔にどぎまぎしてしまうが、視線と顔を逸らしてなんとか回避する。
「じゃあ顔を寄せるのをやめてくれるか?」
「ご、ごめん」
俺の心理を理解しているわけではないだろうけど、やけに素直に従ってくれたな。
体に疲れが残っているのか、重さを感じなくなった途端にベッドに倒れこんだ。
「体は大丈夫か? 丸一日寝てたんだぞ?」
理奈の問いかけに、体を少し、動かして、
「丸一日もか? まぁ、体は大丈夫だな」
と言った。
ウソついてもしょうがないし、痛みは驚くほど少ない。あるのは唯一、疲れぐらいなものだ。
「それより、みんなは?」
俺の問いかけに、理奈は口を閉じた。
うつむき、申し訳なさそうにしている。
それだけでおおよそ理解できたようなものだが、俺は理奈の言葉を待った。
しばらくの無言が続いたかと思えば、理奈はようやく口を開く。
「冬紀も早織も湊も無事。アルテミスちゃんは神妙な顔で佇んでるし。
……美鈴は……」
言わなくても……分かってるさ。
「円さんはふさぎ込んでる」
だろうな。円さんは姉貴と一番仲良かったし。娘……だから。
「それとサクラが……」
「なに? サクラまで何かあったのか?」
そう聞いた俺に、理奈は首を引く程度の小さなうなずきで答えた。
「幸田唯正とともに行方不明……だ」
「なんだと!?」
どういうことだ? なぜサクラが?
驚きで身を起こし、理奈の顔を目を見開いたまま凝視する。
理奈の顔には一切の嘘偽りを言った雰囲気はなく、ただ単に謝罪と罪悪感が入り乱れる表情をしているだけだった。
くそっ! 幸田が連れて行ったのか!
助けに行かないと! でもどこにだ?
膨大な思考量が頭の中で駆け巡る。
何かを隠すように駆け巡る。
「良……」
「なんだ?」
ふと、うつむいたまま視線を俺に向ける理奈が、不思議そうに問いかける。
「その……先生のことは……大丈夫なのか?」
「…………」
言葉が、出なくなる。
問いかけの意味が痛いほど理解できるから、言葉が出なかった。
膨大な思考量で覆い隠していた考えが、露見してしまう。
考えが、俺を支配してしまう。
「大丈夫なわけないだろ」
「えっ?」
至って普通に、至って笑顔で、至って何もないように。
表情と言動がかみ合わない俺に、理奈は無意識にそう、もらす。
「生まれてからずっとそばにいた肉親が死んで大丈夫なやつなんていない!
香澄さんや田代さんが死んだ時、早織もこの感情を味わったんだよな? ようやく早織の気持ちが分かった。あの時の俺の無神経な行動が今じゃいらだつぐらいだ!
それに姉貴は俺のせいで死んだ! 俺があんなやつら無視していれば死なずにすんだ!
それなのにひょうひょうとできるわけないだろう!」
早口で、隠していた感情を、解き放つ。
俺のせいで。俺が間違えなければ。
言動に紛れる罪悪感。
姉貴に申し訳なかった。死にたいぐらいだった。自分に腹が立った。
あいつらの正体を見破れなかったのが悔しい。
幸田さんの筋書き通りになったのが悔しい。
姉貴を守れなかったのが悔しい。
力がないのが悔しい。
隠していればどうにかなるかな? なんて都合が良すぎた。
無理だ。抑えきれない。抑えきれるはずがない。
早織も肉親が死ぬ感情を味わった。
湊も肉親ではないけど親しい人が死ぬ感情を味わった。
冬紀も母親が死ぬ感情を味わった。
理奈も両親が死ぬ感情を味わった。
俺だけだった。肉親が無事にいたのは。
それなのに早織へ偉そうに語り、湊に茶番劇をしてしまった。
何をしているんだ俺は!
「おい! 落ち着け良!」
思考をやめるよう制止させる声が聞こえた。
しかし俺は、頭を両手で押さえて思考の海に没入する。
その時だった。
バンッと開かれた扉から、早織が、湊が入ってくる。
「良祐!」
「良!」
入ってきてそうそう、早織と湊の平手を喰らった。
「2人とも! 仮にもけが人だぞ!?」
理奈の声は、ガンを飛ばした早織によって無効化される。
わかってる。わかってるさ。こうなることは当然だろう。
「良祐。失望したわ。
結局、他人は他人、肉親は肉親って差別化して、私の気持ちを分かってるかのように語って。
それでようやく分かった? ふざけないで!!
あの時の貴方の行動を貴方が否定したら、それで救われた私はどうなるの!?」
「………………」
もっともだった。
俺は返す言葉もなく。うつむくだけ。
それが余計、早織の感情を助長させているのに気づきながら、俺は何も出来なかった。
「良。残念だ。
あれだけのことを言っておきながら、自分に降りかかるとこれか。
バカにしてんのか!? まるで自分だけが被害者みたいな顔しやがって!
お前についていくって決めたオレがバカみたいじゃないか!!」
「………………」
なにも、言えなかった。
うつむくしかなかった。
それがやはり、湊の感情を助長させる。
俺は、空気に耐え切れなかった。
ベッドから飛び出し、部屋を出る。
今の俺には何も言えない。言う資格がない。
Tシャツと短パン姿だった俺は、その格好のまま専用通路へと出る。
武器も持たず、ただ1人になれる場所を求めた。
専用通路の階段を上って、上って、上ってたどり着いた場所は、屋上のイベントスペース。
「はぁ、はぁ、何してんだ、俺?」
裸足だというのに、格好も部屋着みたいなものなのに。
俺はなぜ、こんな所に来てしまったのか?
戻ろう、そう思い、振り返った俺の前に、
「良祐さん……」
円さんが立っていた。
驚愕に目を見開く俺へ、円さんは、
「……貴方は――――」
いかがでしたでしょうか?
あぁ、ヤバイですね。
御意見御感想お待ちしています。