第64話 セカンドノイド
おはにちわ。らいなぁです。
今回はずっと三人称です。
良祐視点だとわからない細やかな描写が必要だったんで。
……腕がなくてすいません。
ホラー要素を盛り込み、残虐なシーンが多分に登場します。
少々ネタバレ用語も交え、重要な回になっています。
お楽しみください。
「ぐぅ!? ……ぁあ!?」
「アルテミスちゃん!?」
「どうしたんだい!?」
頭痛を押さえるかのように頭に両手をつき、アーティが珍しく崩れ落ちた。
良祐は良祐で目を見開いたまま、天井を仰いで微動だにしない。
「な、なんだい? 一体何が起こってるんだ?」
女性は狼狽しているようすで、せわしなく視線を動かしている。
早織達3人も事態の把握が出来ずに呆然としていた。
そんな中、苦しそうになりながらも、アーティは片目を良祐に向けて驚愕している。
「リンクカット!? 細胞の意思が増長しているの!?
このままじゃ、セカンドエリアから堕ちて暴走してしまう!!」
何かの専門用語の羅列に、そばにいた理奈と冬紀が怪訝な表情でアーティを見た。
理解できない状況を理解している彼女に、恐怖にも好奇心にも似た感情を抱いているのだろう。
「くそっ、意味がわからねぇ。
……もう殺しちまえばいいか!」
女性のP90が再び良祐の頭を捉える。
わからなければ殺せば良い。女性の心理はそういう風に出来ているから仕方がないだろう。
既視感を抱くことすら既視感ではあるが、P90の引き金がまた、素早く引かれた。
「良祐!?」
唯一冷静を保っていた早織の叫び声が、無慈悲な弾丸の行方をその場の全員に届かせる。しかしそれで回転射出された弾丸が止まるかといえば否であり、放たれた弾丸は空しく床に弾痕を作った。
『えっ?』
不可解な頭痛に苦しむアーティと、床に膝をついたまま動かない良祐以外の全員が、同様のつぶやきを同様のタイミングでもらした。
それも頷けてしまうのが現在の状況だった。
良祐の頭を狙って放たれたはずの弾丸は、なぜか、後方の床のタイルをめくらせて弾痕を作っただけで、良祐に掠りもしていない。
――――彼は動いていないのにだ。
「くっ!!」
外したか、と表情からもわかる思考を女性はし、もう一度――今度はフルオートで――引き金を引いた。
連続で発射される弾丸の嵐。
数が5――10――20を超えたところで、曲げた人差し指をトリガーガードに戻す。
「うそだろ……!?」
今度は良祐以外の全員が息を呑む様子が伝わってきた。
数撃ちゃ当たる。そんな迷信を信じているわけでもないが、それだけ撃てば1発は当たることを――ましてや相手は固定標的だから余計――知っているこの場の人間は、その考えがおかしいことに気づいた。
いや、むしろその考えがおかしいのではなく、良祐がおかしいことに気づいたのだ。
「動いていないのに当たらない……!?」
当たって欲しいわけではないのだろうが、冬紀の言葉は当たれと望んでいるようだった。
「動いているわよ……」
「――――?」
言葉の真意が分からず、会話を聞いていた理奈が首をかしげた。
それも当然だろう。良祐が動いていないのは誰の目に見ても明らかなのに、アーティはそれを覆したのだから。
「視認できる範囲を超えただけの話」
と、言うのは簡単だが、そんなことは普通不可能だ。
少なくとも、一介の高校生が人間の認識を超える神業をするのは不可能。
それとも、
「君には見えたのかい?」
冬紀の問いかけに、アーティは肯定の意を込めて首を縦に振った。
驚きというか呆れというか、言葉にもならないようすで、理奈と冬紀は視線を合わせた。
「なんだこいつ!!」
そんなことをしている間に、3人組の男性1人が確実な手段としてナイフを取り出し、良祐に近づいていく。
「おい、やめな!」
女性の制止を無視し、男性は良祐の目の前に立ち、
「死ねぇ!!」
振り上げたナイフを振り下ろした。
瞬間、今まで動かなかった(アーティいわく動いていたらしいが)良祐が、左手で振り下ろされた腕を受け止めた。と同時に、右手で受け止めた男性の腕、その関節を逆に回すように押し上げた。
「ぎゃあぁぁあ――――――――!?」
グキャ、擬音で表現しなくても腕から鳴ったその音が、実際に曲がらない方向に曲がった腕が、男性の腕を破壊したことを克明に示していた。が、良祐はそれだけでは止まらず、曲げた腕を持ち、背負い投げの要領で男性を投げ飛ばす。
投げ飛ばした先にあったペンキの棚に衝突し、男性はペンキの山に埋もれて、動かなくなった。
良祐はゆっくりと女性の方へ向くと、閉じているまぶたを、これもゆっくりと、開く。
「……赤……い?」
湊が率直に述べた言葉が、アーティを除く全員思っている言葉だった。
良祐の瞳は、下水道で良祐が見たアーティの瞳と同じように、赤く、紅く、真っ赤に染まっていたのだ。
それはカラーコンタクトという類ではなく、まるで紅く発光しているかのように鮮やかだった。ゆえに、その異常さが、その異端さが、よくわかってしまう。
「……真紅の異眼。
両目に開眼したということは、変革率が80パーセントを超えたのね。
――――いえ。まだ一時的に、かしら」
誰に言うでもなくアーティがこぼしたつぶやきに反応する者はおらず、また理解できる者もいなかった。
良祐はきわめて無表情に、きわめてゆっくりと、瞬きをする。
『――――!?』
その中に殺意のない殺気を感じ取り、残った2人の男女はP90を良祐に向ける。
もっとも、実際は殺意のない殺気なんてものはない。
殺す意思があるから殺意であり、殺意を含んでいるからこそ殺気なのだから。
しかし良祐の発したものはそれ以外に表現が出来ないものだった。
まるで呼吸をするように、まるで指を動かすように。
彼はそれが運命であるかのように、生きるために必要であるかのように、殺す。
呼吸をするのに殺意を持つ人間はいない。
それと同じように、殺意のない殺気を放つのだ。
「うわあぁぁぁぁ――――――!!」
今まで感じたことのない殺気にあてられ、男性が反射的に引き金を引いた。
良祐はゆったりと見える動作で、弾丸の全てを回避する。
むしろ、弾丸が体をすり抜けるかのように後方へ流れていく。
それが数を重ねたところで、今の良祐には当たるはずがなかった。
「くっ!? 化け物が!!」
危機感を持った女性も引き金を引き始めた。
だが、放たれた弾丸はやはり、当たりはしない。
今のところ殺気にあてられていない良祐の仲間達は、信じられない光景にただただ息を呑むだけだった。
唯一、アーティだけが何かを考えるように目を細めている。
逆に言うならば、全ての事情を知り得ている彼女だけが、何か打開策を模索している。
良祐に向けた視線が女性に向いた瞬間、見計らったかのように女性のP90が銃声を発しなくなった。引き金がカチカチと無骨な金属音を鳴らすことからも、弾薬が切れたことが理解できた。
待ってました、とばかりに、良祐は予備動作――行動する前にする動作(殴る時に腕を引くなど)――なしに駆け出した。と思ったら、すでに男性の前に移動していた。驚愕の速度である。
「ひっ――――ぐべぇ!?」
P90で弾丸を射出し続けている男性のもとに行ったのは理解できない行動ではあったが、次の動作で男性は後ろの壁に張り付いた。
めり込んだ。ではなく、張り付いた。
雪球を壁にぶつけたように、張り付いた。
もうはや男性であったものは、血と肉と骨と内臓で形成された人ではないものに成り下がっている。
人間は血と肉と骨と内臓で形成されているとは言っても、血と肉以外は実際に見た事はないだろう。だが、今この状況を見たのならば、人間は血と肉と骨と内臓で出来ているんだなぁ。と、
「ぐぅぇ!?」
今の冬紀のように強烈な吐き気に襲われながら理解できるだろう。
理奈は幼少時の事故で同じような体験をしているからか、冬紀ほどヒドくはない。
湊は仕事上、慣れているのかもしれない。
円は大人だからか、はたまた分かってないのか、冬紀ほどではない。
早織は冷静な思考で抑えているのかもしれない。
良祐とアーティと女性を除く全員が、しかしながら吐き気に似た気持ち悪さを実感していることだろう。
まき散らされた男性だったものを踏み潰し、良祐は女性の方へと体を向けた。
そこに至ってようやく、放心状態だった女性はP90をリロードする気になったようだ。が、
「ひっ!?」
瞬間移動さながらの予備動作なしと驚異的速度によって、良祐は一瞬で距離を詰め、女性の持ったP90を弾き飛ばした。
女性の目前に迫った異質、異端な少年。
ただそこにいるだけで理解できない恐怖と人間ではないと思わせる存在感は、月と狩猟の女神と称された少女と同等のものだった。
「悪い! ごめん! ごめんなさい!
命だけは! どうか命だけは!!」
命乞いという惨めさをさらして、女性にのばした手が止まった。
「――――! まさか!」
それに、アーティがさきほどとは違う驚きの声を上げた。
声音には、少し、希望を含ませている。
良祐は真紅の瞳で女性を見ている。その目には、相変わらず意思の点ってない暗闇があるだけだ。
「もう手は出さない! だからどうか!」
すがるように膝をついた女性に、良祐の真紅の瞳が初めて、意思を点した。
「命乞い……か」
無意識的にせよ意識的にせよ、良祐がこぼした言葉には読めない感情が宿っていた。
のばした手を下ろし、真紅の瞳で女性を見た良祐は、
「命乞いするにせよしないにせよ、出来れば俺達にもそのチャンスぐらいはくれても良かったよ――――っな!!」
その顔面をわしづかみにし、勢いそのまま後方の木材へ叩き付けた。
「ぐはっ!?」
肺から空気が抜けた感覚に女性の瞳が一瞬の呼吸困難を映す。
刹那に起こった出来事で、思考が理解するよりも早く痛みが表情に表れた。
顔面を掴まれて叩きつけられた、という事実を理解した時には、もうすでに良祐が目の前に立っていた。
その瞳にはもう、意思はない。
「や、やめっ――――!?」
強く握られた拳が振り下ろされたのと、女性が制止を求める声が重なった。
バキッと肋骨が砕け、女性の体がくの字に曲がる。
曲がった頭と足が床に落ちるよりも先に、次の拳が振り下ろされる。
それから先は、ただその繰り返しだった。
「ぐっ゛!? ――――ぶぇ゛!? ――――がぁ゛!?」
人間ではない動きで敵を抹殺した少年は、人間では持てない感情で仇を殴り殺す。
肋骨が粉々になるまで。内臓が砕け散るまで。死んでも尚、殴り続ける。
もはや殴っても声が出なくなったことで、ようやく女性が死んだことがわかった。
しかし、止まらない。殴る拳は止まらない。
今の良祐に意志はない。ただ意思があったときの感情を消化するように殴り続ける。
その様子を遠くで見続けている仲間達は、誰一人、言葉を発しなかった。
否、発せなかった。
今まで同じだと思っていた少年が、頼りになっていたリーダーが、全く別の化け物に成り下がっているのだから。
ふと、何かに気づいたように良祐が行動を止めた。
ゆっくりと振り返った彼の体は、女性の返り血で真っ赤になっていた。
頭から足の先まで。真っ赤に。
いや、それだけではない。
彼がいる場所は赤黒く染まり、血の内包量の多さに驚くとともに、日常では見ることがない異常な光景に、視線を向けられた全員の背筋がゾクッと震えた。
8月の暖かな空気が全て、冷気に逆転する。
ある意味でも良祐と同等の少女が、頭痛から解放されたのかいつもと同じ表情で良祐の前に立ちふさがった。
「ようやくリンクカットの弊害から開放されたわ。
…………よくもやってくれたわね、良祐」
語りかけても、返事はない。
「……細胞の運命から逃れられたはずの貴方が、運命に従うのね。
まぁ、全てはあの男のせいなのだけど…………その力も、私達の人生も、マッドノイドも」
この言葉を理解できるものはいない。
「そろそろ、終わりが近いのかもしれないわね。
……せいぜい足掻きなさい。
失わせるだけの力を手に入れるために使って」
意思のない良祐は言葉を待ってたかのように消えた。
予備動作のない動きでアーティに向けて駆けた。
そして、
「でもその前に――」
彼よりも素早い動きでふところに潜り込んだアーティの何でもないビンタによって、壁に叩きつけられ、土煙を上げることになった。
「先輩に殺気を向けたことを詫びなさい」
爆発音と聞き間違いそうなほどの爆音を背に、アーティはありふれた言葉で、誰も同意できない発言をしていた。
「良!?」
土煙が晴れた壁際に目を向けて、理奈が壁に背を預ける体勢で倒れていた良祐に駆け寄る。数瞬遅れて他の面々も駆け寄った。
「大丈夫よ。気絶しているだけだから」
アーティが言った通り、見た目の派手さと音のわりに、良祐が被ったダメージは少ない。
ひとまず気絶という形でも落ち着いてくれた良祐に安堵しつつ、湊が口を開いた。
「お前、何者だ?」
アーティに向けられた言葉は、他の皆が思っていたことだった。
豹変した良祐。
何かを知るアーティ。
化け物じみた身体機能を発揮した良祐と同等の力を持つアーティ。
良祐が気絶した今、アーティに興味が湧くのは仕方がないことだ。
「答えてもいいけど、まずは良祐に話してからよ。
問題の中心にいる彼が許可しない限りは、私が貴方達に話す事はない」
もっともな返答だった。
誰も抗議をせず、ひとまず警備室に帰る方針に固まった。
その中で、気絶した良祐は、ある一点へ顔が向いていた。
――――美鈴へと。
まぶたが開いているわけでもないし、動いているわけでもない。
良祐は偶然、美鈴の方へ顔を向けたまま気絶していたのだ。
動かない彼女へ。顔を向けて。
…………良祐の眼から、雫が落ちた。
それを見ていたのは、理奈だけだった。
いかがでしたでしょうか?
異変の良祐。何かを知るアーティ。
もしかしたら次回、真実が解明される……かもしれない。
御意見御感想お待ちしてます。