第63話 ミスセレクト/デス
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「――――姉貴ぃっ!!」
不意な銃撃を受け、力なく仰向けに倒れた姉貴に駆け寄ろうとする。が、
「おっと、動くんじゃないよ」
「くっ!!」
女性のP90が再び俺に向けられた事で、行動を制限されてしまった。
横目に姉貴の方を見ると、近くに居た理奈と冬紀が懸命に声を掛けている。
そのおかげなのかは分からないが、僅かに姉貴の胸が上下しているのが見えた。
「てめぇ……! 何が指が滑っただ!!
最初から姉貴を撃つつもりだったろうが!!」
当たり所が良かったことに安堵しつつ、故意に姉貴を狙った女性へ声を荒げた。
「だから何だってんだい。誰を撃とうと勝手だろう?」
「ふざけんな!!」
「良いじゃないかい。どうせみんな死ぬんだからさ」
っ!! こいつ……!
思考の大半を怒りが占める中、俺は心のどこかで、既視感を抱いていた。
また選択を間違えたのか。また危険に晒してしまったのか。
そして今度は、被害が生じている。
もう、諦めようか?
そんな感情が、心の奥底で僅かに芽生えているのを感じていた。
「姉貴! 死ぬんじゃねぇぞ!!」
予め監視カメラの位置は知り得ている。
ここにも監視カメラはあるはずだから、いずれ早織達がやってくるはずだ。
今はこれ以上、被害を拡大させないように、あいつらの気を――
「引いて時間を稼ぐしかない」
「――――!!?」
「……だろ?」
俺の思惟を理解しているかのように、女性が思惟の先を一語一句間違わずに述べた。
顔が凍結でもしたんじゃないか、というぐらい驚愕の表情で硬直した俺を見て、女性は不気味な笑みを浮かべる。
「おおよそ理解できるさ。
そいつがどんな人柄で、どんな立場で、なにを体験したのか分かればね」
――あり得ない。そんな、そんな人間がいるのか?
アーティは特別だと思う。実際、あいつ自身も人間とは違うみたいなことを言っていたし、それに見合う異質な雰囲気と実力を持っていた。
しかし素で読心が出来るなんてとんでもない高等技術だ。
読唇みたく唇を読むのではなく、心を読むなんて。
「……ズイブンな人生経験をしてきたんだな」
「……まぁ、ね」
ふとアーティを見てみるが、男性1人の厳重な監視に行動を阻まれているようだ。
理奈と冬紀は姉貴の心配で視野が狭まっている。
実質、打開策は皆無。起死回生を狙えない状態だ。
急げ早織達。姉貴が出血多量でヤバイ!
「待っても誰も来ないよ」
「……なに?」
「監視カメラは無力化済みさ」
待て。だからといって監視カメラに異常があればモニターに現れるはずだ。あれ? 監視カメラを常にチェックしているのって誰だっけ?
「まさか……」
1つの結論が、俺を脳を揺さぶった気がした。
「依頼者は……幸田唯正?」
「ご名答」
もしそれが本当だとしたら、一緒にいる早織達が危ない。
そして、希望が潰えた結果になる。
「さぁ、冥土の土産はおもしろかったかい?
じゃあ、死にな」
俺とアーティが言っていた通り、幸田唯正は危険人物だった。
俺は選択を間違い、策略にはまった。
その結果として、死という現実が俺達の目の前に横たわっている。
もう、諦めても良いんじゃないか?
言葉が心の底から溢れて来る。
女性がP90を俺の脳天に向けた。
これで終わりか。呆気なく終わったな。
抗う意思が消え、生きる意志が消え、守る意思が消えた。
女性が引き金を引く姿が瞳に映る。
放たれた弾丸が、一直線に、俺の頭へ――
――めり込まなかった。
俺を守るかのように目の前へ現れた存在が、俺に直撃するはずだった弾丸を一手に引き受けたのだ。
もとから出血していたのに、どこから出たんだ? と言いたくなるほど大量の鮮血を体から撒き散らし、もう助からないとばかりに大きく吐血した存在は、間違うはずもない、姉貴だった。
「あ、姉貴!? なにを!!?」
仰向けに倒れようとする体を抱きかかえ、ゆっくりと床に寝かせる。
「……え、へへ。……お姉さんは、良ちゃんの……お姉ちゃんだから。
弟が困ってたら……っ゛……助けてあげないと……いけないんだよ?」
「バカ! いつも助けられてるお前がなに言ってんだ!!」
両手が暖かい。
まるで何かが溢れ出しているかのように、ぬるっとした感触が手を包む。
「ヒドイ……なぁ」
「――――!!」
開かれたまぶたがどんどん力を失っていく。
「目を閉じんな! 死ぬなって!!」
目じりから雫が頬を伝う。姉貴も、俺も。
「良ちゃん……」
「なんだ!?」
震える手が俺の頬に重ねられ、まるで最期とでも言いたげな表情で姉貴は言った。
「自分を……責めないでね。
どうせお姉さんは、良ちゃんがいなかったら……死んでいたんだから」
「んなこと言うなよ……!
これから1人立ちするんじゃなかったのかよ!!」
「……ごめんね。こんなことに……なっちゃった。
本当は……もっと話したかったけど、だめみたい」
「おい!!」
ゆっくりと、まぶたが閉じられていく。
頬に重ねられた手が、力なく、落ちていく。
「…………ありがとう」
まぶたが閉じ、手が、地に落ちた瞬間、今まで感じられていた姉貴の生気が、忽然と、消失した。
「おい! 死ぬな! 美鈴! 美鈴姉さん!!」
ふと出た昔の呼び名が、悲しさをより、助長させる。
と同時に、反応を示さなくなった体を前にし、頭が死を理解してしまう。
姉貴は死んだ。美鈴は死んだ。美鈴姉さんは――死んだのだ。
「くくく、まるで映画だねぇ。おもしろいものが見れたよ」
そして、殺したのは――あいつ。
放心とする俺を蔑むようにゲラゲラ笑う3人に、怒りとはまた別なものが思考の根底から湧き上がってきた。
「良祐! ――――!!?」
『――――!!?』
なぜか来た早織達に、疑問が――――湧かなかった。
入口で信じられないものを見たかのごとく硬直する3人(早織、湊、円さん)を視界に捉えつつも、俺には何も考えられなかった。
いや、考えていた。――――というより、対話していた。
また選択を失敗した。そして姉貴が死んだ。
もう疲れた。もうどうでも良い。
『本当にそれでいいのか?』
いや、よくはないな。
『じゃあやるべきことがあるだろう?』
でも、なにを?
『殺せ』
そう……だな。
はは、何が殺したくないだ。そんなクダラナイ考えのせいで姉貴が殺されてるじゃねぇか。
『そう。だから、殺せ』
そう、するか。
『それでいい。その感情に身を任せろ』
ああ……この感情に。
「だめ」
「えっ?」
壁際でアーティの呟きに、冬紀が反応しているのが理解できた。
アーティにしては焦っているようにも理解できる。
「その意思に身を任せてはだめよ……!」
珍しい反応を理解しながら、彼女の頬を伝う汗が地に落ちた。
でも、どうでもいい。
「だめよ! 良祐!!」
「みんな殺してしまえば良いんだ」
俺の意識は、細胞の一つ一つに支配された。
いかがでしたでしょうか?
…………やってられないものですね。
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