第61話 湊の意思
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しばらく経って落ち着いた湊は、ボソボソとだが俺と別れた後の事を語りだした。
「良と別れたオレ達は、この町にあるもう1つの研究所……ラグナロク社の山上研究所へと向かったんだ」
「山の上にあるあれか」
「そう。もしかしたら移送されているかもしれないし」
幸田さんが勤めているあの研究所か。
まぁ、むやみやたらに探すよりかは妥当な判断だ。
「そこでだ。オレ達は化け物に出会った」
「化け物?」
徐々にその時の惨劇を思い出してきたのか、湊の口調も弱弱しくなっていく。
それと併発して、肩を抱くように震えだしていた。
辛い事を思い出させようとしているのは重々承知だ。だが湊にはもう少し頑張って貰わなければならない。みんなのために。
「まるで肉に包まれているかのような皮膚。
人のような四肢に膨張した頭部。
……あいつは床、天井、壁を縦横無尽に駆け回り、あらゆる方向から襲い掛かってくる。そして切り裂き、噛み砕き、押し潰す。口からは小さな蛇を高速で射出し、それに噛まれると即効性の神経毒に侵され、ハッキリとした意識を持ち続けたまま殺される。
対抗しようとしても銃が効かず、その上動きが素早い。
………………奴から逃げられたのはランド達が居たからだ。
もし1人だったらオレも……」
「…………」
まさかそんなバイオのリッ○ーみたいな化け物が居るとは。しかも明らかにリ○カーより高性能だ。そんな奴が大量に出てきたら確実に死ぬる。
湊たちのような傭兵ですらそんなんじゃ、俺たちは言うまでも無いな。
「……田代さんといい、何故こうも戦い慣れした人たちばかりが先に……」
「……ちょっと待て」
「なんだ?」
俺の独り言が癇に障ったのか? と思ったが、湊は戸惑いのような不思議な表情を浮かべていた。
「今、田代さんって言ったか?」
「ああ、言った」
「その人ってもしかして、初老で白髪白髭の金色のメガネを掛けた人か?」
「……そうだけど」
すると湊は突然、大きなため息を吐き、更に沈んだ表情で俯いてしまった。
「……ゾンビ相手じゃ、流石の田代も形無し……か」
その言葉に、俺は1つ、予想がついた。
「ひょっとして田代さんってヴァンガードの傭兵だったのか?」
「……ああ。第一種特装執行官で社内一の腕利きだった。
それこそ伝説の男として社内で語られるほどだ。
オレが入社した時には退職していたけど……」
やっぱ田代さんって凄い人だったんだな。
「……そうか。
……あの人は早織……俺の仲間の家で執事として仕えていて、物資調達のために出向いた先でゾンビに噛まれた。そして最期は俺たちを逃がすために余命僅かな主人と……な」
「そっか。そっちも大変だったんだな……」
「こんな世の中じゃ、誰だって大変だろ。まぁ、ちゃんと仇は取ったしな」
「仇を取ってくれたのか。“お祖父ちゃん”達に代わって礼を言うよ」
別にそんな言われるほどの事をした訳じゃない。
俺たちが過去を乗り越えるためには必要だったって話だ。
――――――――って、えっ?
「お祖父ちゃん……?」
「? ああ、言ってなかったか。田代はオレの“祖父”だ」
「……………………なんだと?」
「だから田代は“祖父”だって」
「…………マジですか」
まさかこのタイミングでそんな事実関係が聞けるとは思っても見なかった俺としては、今までで指折りの驚愕をしても仕方が無いと思う。
「意外と驚いてないんだな」
「それは心外だ。言葉が出ないだけであってとても驚いているぞ」
「その様子が垣間見えないんだよ」
「驚き方なんて何だって良いだろ」
そうか。田代さんは湊の祖父で、どちらも腕利きの傭兵ってことか。
「……でも、祖父と孫が腕利きの傭兵なんてな」
「とは言っても最近は疎遠になりがちだったし、それでか悲しみもそれほど大きくないな」
憂鬱な表情を見せる湊に声を掛けるのを躊躇ってしまうが、まだ話さなければならない事は沢山ある、と割り切り、口を開いた。
「……それで湊。これからどうするん……」
「一緒に行くよ」
まだ言い切らない内に即答した湊に驚きが隠せないがともかく頷く。
「わかった。サンプルとやらはどうする?」
「それは失敗だ。手掛かりも無いし、1人じゃ遂行できない」
「…………そうか」
ここで主人公だったら「じゃあ俺たちが手伝うぜ!」みたいなことを言ったんだろうけど、生憎俺はリーダーで現実主義者だ。実力に合わない、ましてや一般人が首を突っ込んで良い度合いの問題を理解しているからな。それに俺の独断で仲間を危険に晒す真似は出来ないし。
「オレは良の命令系統に準ずる。
ここまで生き抜いてきた腕を信頼してな」
俺は重みのある言葉を理解した上で、それを背負うかのように首を縦に振った。
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