第60話 傭兵である前に人間である事。そして強く弱い少女である事
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「……湊が起きたって?」
「そうです良祐さん」
湊の目が覚めたと報を受けて急遽駆けつけた部屋の前で、湊の世話をしていた円さんから現在の状況を聞く。
「とても恐ろしい目にあったのか起きてからずっと錯乱していて……
でも時々、誰かに対して謝っているんですよ」
「謝る?」
「はい。『ごめんみんな』って……」
おそらくランドさんたちにだろう。
守れなくて、守られて。何も出来ずに足手まとい同然のように守られた挙句、誰も救えずに1人で生き延びてしまえば贖罪の気持ちも生まれるだろう。
仇を討ちたい。でも自分じゃ勝てない。
その葛藤から、謝罪という形で口から吐き出されたものが『ごめんみんな』という言葉。湊から話を聞いた訳ではないが、この位ならば予想は出来てしまう。
「わかった。しばらく部屋に誰も入れないでくれ」
「…………はい、分かりました」
レッグホルスターのUSPから弾倉を抜き、遊底を引いて9ミリ弾を排莢する。そして空弾倉をUSPに装着した。
これ事態に意味は無いのだが、もしもがあるとも限らない。
それに、俺がそのもしもを起こす可能性もある。
何も無ければベスト、何かがあってもベストにならなければ、到底錯乱している人間なんかと向き合えないからな。……錯乱している人間の恐ろしさは俺自身が良く知っている。
「良祐さん……」
「ん?」
「……気を付けて下さい」
俺はその言葉に何も言わなかった。
レッグホルスターにUSPを戻し、俺は円さんに一瞥もくれずドアノブに手を掛けた。
無理をしない保障は出来ない。だから、気を付ける以前の問題だった。
気を付けようとしている人間は、わざわざ危ない橋を渡ろうとはしないさ。
俺はそんなことを苦笑気味に思い浮かべ、ゆっくりと手を掛けた扉を開いた。
扉の向こうには、コンクリートの上に直に敷かれた布団が1つ。
後は机やら棚やらといった家具に雑貨が少々、そのぐらいだった。
その中、布団の上で頭を抱えて震えている湊がいた。
俺は扉を閉めると、わざと足音を立てつつ湊の下へ歩いて行った。
「…………湊」
「ごめんみんな。ごめんみんな。ごめんみんな……」
会話にならない。というか俺の存在を思考から弾いているのか。
認識してない訳ではない。いくら精神的に追い詰められたからと言って、湊ほどのスペシャリストが足音を聞き逃す訳が無い。つまり、敢えて無視しているような状態だ。
俺は湊の視線に合わせるように屈み、もう一度口を開く。
「湊」
「ごめん。ごめん。ごめん……」
「湊」
「助けられなくてごめん」
「…………っ」
いい加減イラついてきた。いつまで謝ってんだこいつ。
このままじゃ話すら出来やしねぇ。…………早速だけど荒技いくか。
その前に軽く手首を捻ったり首を回したり、準備運動紛いのものをしておく。
「いつまでそうしてんだ?」
「ごめん。ごめん……」
「謝って済むのか?」
「ごめん……」
「うぜぇっ……!!」
強めの怒気をはらんだ口調で吐き捨てると、湊の襟首を乱暴に掴み上げ、無理矢理立たせた。
「ランドさんは死んだ!
クルスさんは死んだ!
マーシャさんは死んだ!
湊、全部お前のせいだ!!」
「……!!?」
そこまで言った所で、ようやく湊の視線が俺に向いた。
これで対等な会話が出来るようになった訳だ。
「いい加減認めろよ……!
お前が弱いせいで3人は死んだ……!
お前が弱いせいで仇を討つことも出来ない……!
お前が弱いせいでっっ!!」
「……違う。違う、違う………………違うっ!!」
「っ!?」
襟首を掴んでいた手を反され、コンクリートに仰向けで叩き付けられる感触が背中に伝わってきた。勢い良く叩きつけられたせいで、肺の中の空気が全て残らず吐き出され、一瞬呼吸困難になりかける。と同時に、右足のホルスターからUSPが引き抜かれる感覚も伝わってきた。
ようやく呼吸を整えて目蓋を開くと、俺の眉間にUSPの銃口を向ける湊の、鬼気迫る形相が視界に映った。
流石プロフェッショナル。流石スペシャリスト。
そう言うしかない早業を体感したはずの俺は、苦しそうではあるものの精神的には驚くほど余裕の雰囲気をかもし出していた。
「……はぁ、はぁ。……ここから、俺をどうする?」
「うるさいウルサイ五月蝿いっ!!
お前なんかに……! お前なんかにぃ!」
「お前なんかに、なんだよ?」
ガタガタ震えるUSPの銃口が、湊の状態を克明に示しているかのようだった。
「お前なんかに…………オレの気持ちが分かるかぁっ!!」
「分からねぇよっ!!」
「っ!!?」
突然怒気を含んだ口調で叫びだした俺に、湊は驚愕のまま硬直した。
「分かるはず無いだろ! 俺は超能力者でも、ましてや神でも無いんだぞ!!
……何があったのか! ……お前がどんな気持ちなのか!
言ってくれなきゃ一生分かる筈ねぇだろ!!」
「………………!!?」
「このままずっとそんなんで、ランドさんたちに助けてもらった命を無駄にする気かっ!!」
ハッキリ言ってしまえば、俺が語るのは全て憶測に過ぎない。
実際は何があったのか? 本当にランドさんたちは死んだのか?
全て知っているのは湊なのだ。俺はさも知っているかのように語ってはいるが、ただ推理しただけの不完全な論理でしかない。
だから湊の驚愕は言い当てた事に関するモノなのか、何を言っているんだこいつみたいな事に関するモノなのか。少なくとも、現時点の俺には知る由も無い。
「命を無駄にする!? どうせあいつの前じゃお前だって死ぬんだよ!!
だったら今死んだって変わらない!!」
「死なねぇよ! 俺は死なねぇ!!」
俺は眉間に向けられたUSPの銃身を掴み、肌にめり込ませるかの如く押し当てた。
「撃てよ」
「な、なにを……」
「撃てよ」
「そんなこと……」
「撃てよ!」
「…………っ!!」
少量の殺気を含んだ声に傭兵の危機回避能力が発揮されたのか、反射的に湊はUSPの引き金を引いてしまった。カチンという撃鉄が振り下ろされた金属音がやけに大きく響き、先程とは想像もつかないほどの静寂が場を支配する。
気のせいではあるが耳が痛いなと感じ始めた時、ようやく口を開く気になった。
「…………ほらな。生き残ってやったぞ。俺は死ななかっ……たぁ!?」
弾薬を抜いたのは俺だが、知っていてもやはり恐怖は拭い切れなかった。
それを何とか払拭し、ようやく口を開いた俺に、湊は突然体を埋めて来た。
そんな唐突な出来事に、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「湊サン!? ちょっとなにを……!!?」
「馬鹿だろ……」
「…………え?」
「お前、馬鹿じゃないの……!!」
「……………………
ああ、俺は馬鹿なんだ……」
嗚咽――とは言えないかもしれないが、すすり泣くような湊の声が耳に届き、俺は声を上げる事を止めた。
50~60キロだろうか。湊の身長で計算した体重の割に、俺の上ですすり泣く少女は途轍もなく軽い。だけど、心に圧し掛かる湊はとても――――重かった。
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