第59話 自立する者と自立される者
短いですけどお楽しみください
単刀直入に言えば湊の状態は良くなかった。体もそうだが、心の方も酷い。
とても言い表せない惨劇に遭遇したのは容易に想像できる。
ましてや傭兵稼業の湊がそんな状態になるほどだと、俺たちはもっと酷い状態になるのは明白だった。新しいゾンビか、またはもっと別のものか。どちらにしろ出会いたくは無いものだ。
今は湊を別室に寝かせ、やることもなく各々で自由な時間を取っている。
湊のことは既に周知済みなので、その事に関しての質問その他をみんなから受けることは無かった。
「なに読んでるの~?」
「ん?」
展望室のソファーに寝転がりながら香澄さんからUSPと共に受け取った手帳を見ていた時、階下から階段を上ってきた姉貴がいつもの口調で問いを投げ掛けてきた。
「前に話したろ? 香澄さんから貰った手帳だ」
視線を姉貴に向ける事無く、手帳に視線を向けたまま生返事のように吐き捨てる。
しばらく無言が場を支配した後、俺を見下ろす位置に姉貴が顔を出した。
「……なんだ?」
何かが俺の中で引っかかり、無視することも出来そうに無いので、少し様子が変な姉貴に向けて言った。
「……ん~ん。何でも無~い」
「何でも無いことは無いだろう。少し様子が変だ」
返答にも異変を感じたがそれはこの際頭の隅に追いやり、読み終えた手帳をしまい、ちゃんと姉貴に向き直る。寝転がっていた体を起こし、ソファーに座った。
「やっぱり分かっちゃった?」
空いたソファーのスペースに腰を落とした姉貴が、何を今更なことを照れた様子で呟いた。
「当然だ。何年姉弟をやっていると思ってる」
「だよね~」
やはりいつもとは違う。いつもの姉貴は人の目関係無しにベタベタしてくるのに、今回は珍しくしおらしいし、なんか他人行儀だ。
俺が次の言葉を待っていると、程なくして姉貴は口を開いた。
「……なんか良ちゃんが遠い存在になっちゃったなって」
「…………そうか?」
「うん、そうだよ」
それは人それぞれではあるが、俺としてはいつまでも近くに居るつもりだし、変わってはいないと思うんだがな。姉貴にとってはそういう風に感じてしまったんだろう。
「でも、良い機会なのかもね」
「……なにがだ?」
姉貴の言葉の意味が分からなくて首をかしげる。
姉貴は思いつめた表情でしばらく無言になると、突然晴れた表情になりだした。
「弟離れ」
まさか姉貴からそんな言葉が聞けるとは思っても見なかったので、言葉の意味を理解するのに数秒を要してしまう。
言葉の意味を噛み締めながら俺が口を開くと、姉貴はそれを指で制した。
「本当は分かっているの。このままじゃいけない……
お姉さんが良ちゃんを愛したところで誰も幸せにはなれないって。
良ちゃんのおかげで男の人が怖くなくなってきたし、良い機会なんじゃないかと思ったの。(まだちょっと怖いけど)」
「…………そう……か」
少し、寂しく感じる自分がいる。でもそれを肯定してしまえば、何かが終わってしまう気がした。だから俺はそれを抑え付けて姉貴に向き直る。凛とした、それでいて愛くるしい顔立ちの姉貴の瞳を一身に受けながら、俺は姉貴の言葉を待った。
「これからお姉さん、1人でも生きて行けるように頑張るから!
応援しててね、良ちゃん!」
「…………ああ、ちゃんと1人立ち出来るまで支えてやるよ」
嬉しさ半分、寂しさ半分。これも1つの経験だ。
などと自分に言い聞かせながらも、気を引き締めて心を保つ。
そんなことをこんなタイミングで言われるとは思っても見なかったから、心の準備が完全じゃなかった。まぁとどのつまり、姉貴がブラコンであるように、俺も少しシスコンなのだ。
気付いてなかった訳ではないのだが、姉貴から俺、俺から姉貴という風にイコールになってしまうと、とても良くない訳で……。だから言わなかったのだ。
「ええ話やねぇ……」
と、下でテレビを見ていた(ミュータントの時の)生存者の1人である、40~50代の太った男性が、階段を上りながら会話に割り込んできた。
「……何の用ですか?」
この人はあまり好きではないのが如実に現れた表情を受けても、彼は眉1つ動かさずに目の前のイスに座った。
「いや、ちょっと無くし物してな。探しに来たら話しとったけぇ、つい耳になぁ」
それは遠回しに盗み聞きしてましたと言っている様なものだぞ。
彼は「ワイはなぁ……」と、明らかに会話を続けようとしているのだが、一刻も早くどこかへ行って欲しい俺は、止めさせる事も出来なさそうなので軽く聞き流す。
「ええ話が大好物やねん。ゆーのも、去年の大震災での話に感動してなぁ。」
去年の大震災というと3月11日に発生した沖合地震のことだろう。
あれは地震は大したことなかったのだが、その後の津波による被害が印象に残る震災だった。家が流される映像は今でも鮮明に思い出せる。
東海林市は海辺にある町だが、地震の発生した沖とは反対側なので被害はそれほどではなかった。
震災はともかく、その後のどうでもいい彼の話を適当に聞き流して、頃合を見計らい立ち上がった。
「俺、やることあるんで」
「ほんまか!? これからやのになぁ……」
姉貴にアイコンタクトで「後よろしく」と残し、俺は階段を下りていった。
いかがでしたでしょうか?
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