第58話 再会は必ずしも嬉しいだけではない
お楽しみください
救出した生存者は4人。内2人が男性。他の2人が女性である。
持っていた猟銃は男性の1人の所有物らしい。猟師をやっていると言っていたから間違い無いだろう。
ちなみに4人は元から知り合いと言う訳でも無さそうだ。ゾンビ発生から生き残っていく過程で出会ったようだ。
あの騒動の後、みんなにミュータントの正体、結末を簡潔に述べた後の反応は五者五様とでも言えばいいのか……。実質小林邸での出来事を知っているのは俺たち4人を除けば姉貴と円さんだけなので、他のサクラ、アーティ、藤崎はそれぞれがそれぞれで反応を示していた。
それから翌日。
早織と姉貴と巡回中に遭遇した俺は、丁度良い時間帯というのもあって一緒に警備室に戻る事となった。その途中ではあるが、俺は2人に頼み込んで浴槽入手を手伝ってもらう事にした。2人とも自分のことだからか、はたまた善意からか、迷う素振りも無く引き受けてくれた。
今は4階、浴槽コーナーのすぐ近くだった。
「良ちゃ~ん。疲れたよぅ~」
「ウソをつくなウソを。ていうか姉貴は最近巡回ぐらいしかしてないじゃないか」
辺りを警戒しつつ歩いていた俺の真横で、油断しかしてない姉貴が腕をダランと下ろしながらそんなことを言ってきた。
最近の姉貴がやってきたことなんて巡回と見張りぐらいである。
それに比べたら俺たちの方が疲れているんだが、姉貴は大学から運動と言う運動をあまりしてなかった。そう思えば、円さんみたいにチート属性は装備していない一般女性(?)が疲れるのも当然と言えるだろう。
「それでも疲れた~」
とは言っても俺に抱き付く理由にはならない。
もっとも、おおよそ予想はしていたからあまり気にはしないが、それに伴って動きにくくなるのだけは何とも言い難い。
「抱き付くな。危ないだろうが」
ゾンビが出たら対処出来ないだろう。と言う意味での危ないだったのだが、姉貴は理解してない様子で「危ないって何が~?」とのんきな事を言ってやがった。
激しく姉貴の顔をこねくり回したい衝動に駆られたが、早織の前だからと自粛し、早織に視線を向けた。
「なんか悪いな」
「良いのよ。貴方たちのコントは見ていても参加しても面白いから」
「コントでは……」
無いんだがな。と言おうとする口を噤んだ。
俺の視線の先で自然に零れた笑みに無粋なことを言う気にはならない。
早織は昨日の今日に至って、今まで以上に笑うようになった。敵討ちという一種の使命感に晒され続けた精神が、それを終えた事で呪縛から開放されるように解き放たれたせいだろう。開放的な心持ちでいる早織に以前のような刺々しさは無く、孤独が似合う少女は、人の輪の中心に居るフレンドリーな少女へと華麗な変化を遂げた。
これも香澄さんと田代さんが見守ってくれているおかげなんだろうなぁ。なんてことをただ、思う。妹の成長を喜ばしく思う兄のように(妹いないけど)、ふとした笑みが口の端に宿った。
「……そろそろだな」
さすがにそのままと言うわけにはいかないので、話題の転向も兼ねてわざわざ口に出した。
「たくさんあるね~」
ようやく抱き付くのをやめてくれた姉貴が呟くのも頷ける。
何故なら浴槽コーナーだけでコンビニの敷地面積を上回るんじゃないかというほど広かったからだ。まぁ当然、それに伴って種類も豊富で、本当にたくさんあるね~状態だな。
「……とりあえず手軽な物を探しましょう」
「……だな」
俺たちは手分けして適した浴槽を探し回った。
大きさ、重さ、運用性、その他諸々を考慮して、数十分後に一番良い物を調達することに成功する。2人で持っていける大きさ、重さで、尚且つ一番使い勝手が良さそうだった。
俺と姉貴でそれを専用通路まで持って行き、その間の護衛を早織にしてもらった。
専用通路の扉に入るか? とも思ったが、それは杞憂に終わり、何とか警備室まで持っていけた。
浴槽は警備室の一番端にあり、温水も出る設備がある倉庫に設置された。
元々は別の用途で使われていた場所だったのだが、結局使わなくなり倉庫になった場所だ。そこのところの諸事情は分からなかったが。
ともかく、浴槽問題はこれにて解決した。
そして数時間後。
俺のやらなければいけない仕事を全て終え、まったりと休息を取っていた時だった。
「良祐君! 誰かやってきた!」
その呼び声に俺が展望室から屋上へ出向くと、この時間の見張りをしていたサクラが双眼鏡を持って待っていた。
「どこだ?」
「駐車場の入り口辺り」
サクラから双眼鏡を受け取り、言われた場所を見てみる。
するとそこには、ゾンビに気付かれていないものの、ふらふらと力無く歩く銃器を持った少女がいた。両手に持たれたそれは、イングラム M10。…………湊だった。
「あいつ……! なにやってんだ!? 死ぬ気か!!?」
湊は身体中いたる所がボロボロで、まるで死んだ魚のような瞳をしていた。
それだけで、何かがあったことは明白だ。さらには、ランドさん、クルスさん、マーシャさんがいない。もはや全てを悟ってしまった思考を振り払い、このままじゃすぐに死ぬであろう湊を救出するために動く。
「サクラ! 早織に連絡を! 装備はSVD(ドラグノフ狙撃銃)! 俺は一足先に下に降りる!」
「うん!」
俺はもしもの時の為に常に装備していたレッグホルスターからUSPを引き抜き、真上に向けて連続で3発放った。銃声でゾンビを誘き寄せるためだったのだが、遠くのゾンビにはあまり効果が無かったみたいだった。
効果が無いと見るやいなや、俺はすぐさま警備室へ降りて専用通路の扉を開けた。
「良祐、私も行くわ」
「アーティか。頼む」
専用通路の階段を駆け下りている最中、どこからとも無く現れたアーティの言葉に心強さを覚えながらも、焦る気持ちが俺を駆り立てる。
1階にたどり着いた俺たちは、職員出入口から外へと飛び出した。
昨日と同様、数えるのが億劫になるゾンビの量を意に介さず、垣根が薄い左側から湊の下へ向かう。その途中で進行の邪魔になると思ったゾンビ4体をUSPの一撃で屠り、スピードを緩める事無く全力疾走で走った。
「良祐、使う?」
と、俺を追走するアーティがグロック17とマガジン3本を差し出した。
時間が惜しかったからちゃんと装備を持ってきてなかった俺としては、それはとてもありがたい救援物資だった。アーティも気が利くじゃないか。
「ああ、ありがたく使わせてもらおう」
マガジン3本をポケットに放り込み、グロックを左手で持って2丁拳銃の形にする。早速進行の邪魔になるゾンビをUSPとグロックの併用で排除し、体力を考慮しつつも出せる限りの速さで走った。
それをしばらく行い続け、ようやく湊の近くまで来た時、彼女の惨状が瞳に映った。
「………………湊」
まるで生気が無く、死んだような瞳で、傷だらけの湊がフラフラと歩いている。
ただそれだけなのに、俺の心をひしひしと締め付ける光景だった。
「……良、良、良……」
「……俺はここにいる」
弱弱しく擦り寄ってきた湊を抱きとめ、しかし俺に為す術無く、立ち尽くす。
ランドさんたちに何かあったのだろう。逃げるよう言われ、俺を頼ってショッピングモールまで来た。という所だろうか。彼らにここに来ることは言っていたし、何もおかしな所は無い。が、他に頼れる人はいなかったのだろうか?
いや、それはともかく、ランドさんたちをそこまで追い詰める相手ってなんだ?
田代さんもそうだけど、何故あんなに強い人たちが次々にやられてしまうんだ?
湊に話を聞きたいところだけど、なにぶん傷が深いみたいだな。身体も、心も。
…………ひとまず湊を警備室まで連れて行こう。
このまま居続けるわけには行かないし、何をするにしても安全な場所の方が良いだろう。
「湊…………?」
しかし、湊は動かなくなってしまった。
湊の顔を覗くと、まぶたを閉じて体から完全に力を抜いてしまっている。
どうやら眠ってしまったようだ。よほどのことを体験していたのが容易に想像できるな。
「…………よっ、と。アーティ、ゾンビを任せて良いか?」
「……ええ」
USPとグロックをしまい、湊をお姫様だっこと呼ばれる抱き方で抱え上げた。
アーティを先導させて、俺たちはその場から退散した。
いかがでしたでしょうか?
御意見御感想をお待ちしています。