第56話 異変と友情のコントラスト
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警備室の専用通路から1階の売り場まで出た所で、俺たちは偵察に出ていた他のメンバー3人と合流した。
俺たち警備室班4人と偵察班3人の計7人で、1階にある1箇所しかない出口――館内に侵入する時に使った職員出口――から外へ出る。
そこには数えるのが億劫になる程の大量のゾンビと、それを薙ぎ払うデカイ体躯のミュータント、そして猟銃と思しきライフル銃を持った生存者4人が攻防を繰り返していた。
「おい! そこの猟銃持った奴ら!!」
うろちょろされても面倒だし。と、大声を張り上げて生存者たちに呼びかける。気付いた生存者に手招きをしつつ、俺の声で感付いたゾンビ共を持ってきたMP5Kで手早くヘッドショットした。
「姉貴、サクラ、円さん。生存者を警備室まで頼む」
前言した3人が頷き、生存者の誘導のために駆け出した。
それを確認した後、俺、理奈、冬紀、早織はミュータントに向かって走り出す。
今回は逃げるわけには行かない。あのミュータントを倒さなければ取り返しのつかない事になってしまう。それに、逃げてばかりじゃこの世の中生けて行けないからな。
とは言っても、前回は何で倒せたのか俺自身よく分かってないのだ。
一粒弾は効果的のように見えたが、あれと手榴弾なんかでミュータントが死ぬようには見えなかった。
それにその後の謎の破裂。あれの正体も分かってないままだ。
全ての謎が解ければ、ミュータントを倒せるかもしれない。解明を急がなければ。
「俺と早織は後方支援に回る。前衛は頼んだぞ!」
『わかった!』
ミュータントからある一定の距離にまで近付いた俺と早織は立ち止まり、後衛に尽力する。ミュータントのかく乱は運動性能が高い理奈と冬紀に任せよう。
俺は早織の狙撃位置確保のために、立ち止まった場所近くのゾンビを次々と倒していく。
屠ったゾンビが20を超えた所で、クルツの弾薬がちょうど切れた。
辺りを見回してみてもゾンビはすぐ近くには居ないので問題無いだろう。
クルツの弾倉交換を迅速に行い、俺は今回初めて、ミュータントと対峙した。
「…………ぇ」
距離は50メートル程度だろうか? その間25メートル位で、理奈と冬紀が驚きに目を見開いていた。早織も同様に、珍しく驚いている様子だ。
だがそれも頷ける。何故なら俺たちが対峙しているミュータントは、どこかで“見たことがある”のだから。
体に刻まれた無数の弾痕。似通った背格好。
間違いない。あいつは、あのミュータントは、“小林邸に出た奴と同じ奴”だ。
無論、根拠はそれだけではないが、俺の中の何かが、あいつの正体を肯定しているようにも感じた。
「あいつ……!」
この中の誰も、あのミュータントを仇だと断言する者は居ない。
しかし俺の中の細胞の1つ1つが、あいつを仇だと断言している。
俺はそれに逆らえない。逆らう気すら起きない。
ただあいつを殺せと、殺してやるとしか思考することは出来なくなっていた。
「2人の仇だ……! 討たせてもらう!!」
疑問は無い。何も考えられない。
俺は全ての思考をクリーンに抹消し、ただ、走り出した。
奴の下へ。仇の下へ。殺すために。ただ殺すために。
連射でクルツの引き金を引く。
それは驚くほど簡単にミュータントの頭を捉え、走りながらでありながらも高確率で命中した。
それに疑問は無い。嬉しさも無い。それどころか何も無い。
もはや先程まであったはずの怒りすら消失してしまっていた。
ゼロ距離程度まで詰めた俺を殺そうと、ミュータントが腕を振り上げた。脇を通り抜けるようにそれを回避し、片手で持ったクルツの全弾を奴の脇腹に埋め込ませる。
しかし当然の如く効いた様子は無く、しゃがんだ俺の頭を通り過ぎるように奴の腕が掠めて行った。
「……っ」
と同時に繰り出していたと思われる足蹴りを後退して避けるものの、バランスを崩して片膝をついてしまう。その隙を見逃さないよう、ミュータントが跳躍して跳び蹴りを放とうとしていた。
だと言うのに危機感も不思議と湧いて来ず、俺は淡々と弾倉交換をしていた。
丁度コッキングレバーを引いたタイミングで銃声が響き、眼前まで迫っていたミュータントが無様に転がって俺の後方に落ちる。
「良! お前大丈夫か?」
「…………えっ? 何が?」
銃声はライオットガンの物だろう。その銃の持ち主である理奈が、怪訝な顔で俺を見ていた。見回してみると、冬紀と早織も同じような表情だった。
俺は理奈が言った意味が分からず、クルツを構えたまま首を傾げた。
「何がって……」
理奈が何か言いたそうにしていたが、それを指で制止させ、後方のミュータントに向き直る。
「よく分からんけど後でな」
そう言いつつ、何かミュータントを倒せる術が無いか考える。
この時、思考力が、沸々とした怒りが舞い戻ってきた。
しかしそれに俺は気付いていなかったのだが、それを気に掛ける思考は無かった。
あいつを倒す術は未だ不明だ。
あいつが何で堅いのかすら不明である今は、時間を稼ぐことしか出来ない。
今後のためにも攻略する術を理解しておかなければ、もしもの時にどんな事が起きて死ぬか分からない。だが逆に理解しておけば、どんな状況でも生き残れる可能性がある。
とどのつまり、一粒弾での攻略はあまり得策ではないと言うこと。
「時間を稼いでくれ。あいつの……あの仇を倒す術を絶対に見つけ出すから」
みんなが一瞬の思考の間を設けたと思えば、次には圧倒的な信頼の眼差しで俺の前に歩み出た。3人が俺のことを信じている様子が誰しも分かる行動が、意思が、表情が、俺の頭を、俺の思考を、急速に冴え渡らせてくれる。
つい無意識に零れる笑みが、俺の余裕を感じさせる。
もうはや、勝利しか俺たちの頭には無い。
そして、銃声が開戦の合図だとばかりに、ミュータントとの攻防が始まった。
俺はその場で片膝をついたまま思考にふける。
ミュータントの特徴はその怪力と強固な身体。
科学で推し量れるような奴ではないと思うが、科学的に医学的に考えてみよう。
奴の察知方法は嗅覚。恐らく眼球は硬化しているのだろう。ヘッドショットが効かないのもそれが理由だと推測できる。
奴の怪力は強靭な筋肉に因るものが大きいだろう。
2メートルを超えるデカマッチョな見た目からも間違ってないはず。
じゃあ、何があいつの強固な身体を構成しているんだ? ――
後方から向かってくるゾンビが銃声と共に大きく後ろに仰け反った。
前方で早織が「考えるのも良いけどゾンビぐらいはどうにかしなさいよ!」なんて吐き出したが、俺にはそれに意識を割く余裕は無かった。
――もしかして皮膚? いや、それだとしたら動きに支障が出てしまう。見た限りだと、あいつに支障が出ているようには見えない。これは違う。
後考えられるのは怪力の基である筋肉。
強靭な筋繊維が弾頭や物理衝撃と言った今まで行った攻撃を無効化、或いは軽減させているんじゃないだろうか?
だとしたら前に一粒弾が効いたのはその破壊力に因るものではなく、人体の構造上行動を阻害しないために筋肉が他ほど成長しない関節に命中したからでは無いだろうか?
つまり関節部分は他ほど強固ではなく、しかしある程度は強固である。ということになる。一粒弾ですら貫通には至って無いことを考えても、威力の低い弾薬じゃ効果は低いだろう。
的確に狙えばともかく、それは狙撃手レベルの技量が必要だ。あまり効率的とは思えない。しかもそれで破壊できるのは一部分だけであり、ミュータントを殺せるかと言えばNOとしか言いようが無い。――
俺の方に向かってきたミュータントが腕を振り上げた所で、理奈のライオットガンが火を噴き、ミュータントの動きを阻害した。と同時に冬紀がイサカM37と併用してミュータントを俺から遠ざける。
「避けるぐらいはしてくれても良いじゃないか」「考え出したら他が見えなくなるからな、良は」と一言置いて、2人はミュータントとの攻防に戻っていった。
――後は破裂の謎だな。あれさえ解ければ攻略出来るかもしれない。
前の奴は一粒弾で抉った肩口にX-7のSショット、そして手榴弾の爆破で倒す事が出来た。
奴が破裂したのは手榴弾の爆発のすぐ後だった。
それから考えるに、手榴弾に攻略の糸口があると思われる。
まさかミュータントは爆風に弱いなんて事は無いだろうな?
いや、或いは熱か?
どちらにしろ1つの候補として頭の隅に置いておくとしても、俺は可能性が低いと思う。確証は無いが、俺の本能が何となくそう言っている気がするんだ。信頼性は……五分五分だろう。
後考えられる可能性は……無いか?
くそっ。科学的に医学的にと言っても、俺は専門家じゃない。
これ以上は無理があるか……!
……………………破裂? 爆発?
破裂するということは奴の中に破裂してしまう物質があるということになるんじゃないか? もしくは何か特別な反応を示すと誘爆物質に変わるもの。ミュータントの異常発達した嗅覚と筋繊維が、人をゾンビ化させるウィルス(と今回は定義する)の性質変化の結果であるならば、他にも何か変化しているのではないか?
もしその誘爆物質が奴の体内に潜んでいるとして、手榴弾が爆風や熱以外でその物質を起爆させたのだとしたら、その起爆条件が分かれば簡単にミュータントを倒すことも可能なんじゃないだろうか?
だが問題はその起爆条件。爆風と熱以外。
何か……何か無いのか……? ――
前後から向かってくるミュータントとゾンビ。
俺はすんでのところで横に回避し、ポケットから出した手榴弾を置き土産代わりに放り投げた。数秒の後に爆発した場所には、相も変わらず効いてない様子のミュータントが姿を現した。ゾンビは肉片になっていたが。
俺の方に向かってこようとしたミュータントを、理奈と冬紀が注意を逸らす事で遠ざける。
――やはり爆風や熱ではないのか。だとしたらなんだ?
一体なにが起爆条件なんだ? 衝撃と言う訳ではないだろう?
衝撃なんて銃器というもので嫌と言うほど発生させてるはずだ。あの筋繊維のせいで全く効いてない銃器が。
………………筋繊維?
俺が無効化或いは軽減させるのは殺傷力や破壊力だけだと思っていたが、それだとしたら全く効いてないのはおかしい。
衝撃が内に伝わって奴の痛覚が少なからず反応するはずだ。
事実防弾のボディアーマーだって衝撃は軽減出来ない。
確かに弾丸の殺傷力や破壊力は軽減するが、衝撃は内に伝わり、強い弾薬だとボディアーマーを装備した人間を気絶させるほどの衝撃を発生させる。それに伴ってかなりの痛みだって発生すると聞いたことがある。
ミュータントには痛覚があるのにそれはおかしいだろう。
つまりあの筋繊維は衝撃も軽減させる性質を持っているのではないか?
そして起爆条件が衝撃だとしたら。厚い筋繊維が衝撃を軽減させているのだとしたら。
攻略方法は…………内部に衝撃を与える事だ。
「早織!」
「なに!?」
思い立ったら吉日ってな。
俺はクルツを構えて早織の隣に走りよった。
「何とかして奴の内部に衝撃を与える方法は無いか?」
最初は意味が分からない様子ではあったが、早織は俺の顔を見ている内に確信的な表情に変わり、「ちょっと待って」と言うと鋭い眼光で考え始めた。
俺はその間の時間稼ぎをするために、近くのゾンビへ銃口を向けて引き金を引いた。
程なくして口を開いた早織は、あまり自信が無さ気だ。
でも俺には弱点を探ることは出来ても効果的な攻略法を発案することは出来ない。早織を全面的に信頼しているから、俺はそれが正しい攻略法だと信じている。
「手っ取り早く衝撃を与えるなら口の中に手榴弾でも放り込めば終わりなんだけど」
「まぁ、その通りだ。でも難しい……よな?」
「ええ。動き回る上に、もしも噛まれたらと考えれば得策ではないわね」
「その様子だと他にも案が?」
その時、早織の頬を伝う一筋の雫が目に留まる。
絶対的な案とは言い難いということか。或いは危険性が高いか。
「……金属を突き刺してそれを振動させれば、或いは……」
これは綱渡りで危険性大だな。
接近戦の上、あの筋繊維が薄い関節、さらにかなり強い力じゃないと到底突き刺せないし、その金属を振動させる事もしなければならない。
その間ミュータントは動き続けるし、少しでも反応が遅れたりすれば即死だ。
もっと言うならば俺の論理構築が間違っていたり、破裂しなかったりしても体力が底を尽きる。危な過ぎる……が、一粒弾が無い今、それしか方法は無いか。
「だが、やるしかない」
「………………ええ」
「やるしかなければやるだけだ」
などとFF13のお方の言葉を真似し、心を奮い立たせる。
そうだ。やるしかないんだからやればいい。
「早織。援護と最後を頼む」
「……わかったわ」
「それまでは…………俺たちがやってやる」
俺はミュータントと交戦中の2人の下へ向かう。
早織には悪いが1人で別行動だ。
「理奈、冬紀」
「おう」
「なんだい?」
ライオットガンで怯んでいるミュータントを視界に、2人に掻い摘んだ作戦を伝える。
「なるほど。可能性の問題と……」
「アタシたちの運動神経が主な要ってところか」
「そういうことだ。詳しく細部まで作戦を立てる時間は無い。
俺たちのコンビネーションで奴の身体にナイフでもぶっ刺せば勝ちだ」
俺には短刀、冬紀には日本刀があるが、理奈には金属の近接武器が無い。
そういう意味でも俺と冬紀と理奈のコンビネーションが重要と言える。
「久しぶりだな。この3人で戦うのも」
「そうだね。ゾンビ発生してからだと初めてじゃないかな?」
「なに言ってんだ冬紀。一番最初があるだろうが」
久しく欠落していた3人の時間。共闘。コンビネーション。
だが忘れてもらっては困る。ゾンビ発生の時から一緒に戦ってきたのは、この2人なんだ。
「さぁて、友情が織り成すコンビネーション。見せてやろうじゃねぇか!」
『おう!』
いかがでしたでしょうか?
突如として異変が生じた良祐君。一体どうしたんでしょう?
そして、ついに現れた香澄さんと田代さんの仇。
勝利の軍配はどちらに上がる?
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